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第1幕終焉
10月末 舅が永眠いたしました。

いろいろなことがあって、家の中がバタバタしており、
悲しいとか、寂しいとか、惜しいとか
そんな感情をはさむ隙もないほどで、
どこかに何かの感情を置き忘れてきたような、そんな感覚です。


同居嫁のぼやき・・いろいろな事をぼやいてまいりましたが
今日をもって、一旦終了とさせていただきます。
こんなブログを今まで読んでくださった皆様、また、コメントを
寄せてくださった皆様に心からお礼を申し上げます。
ありがとうございました。

別館のほうの入り口は残しておきます。
機会があればお立ち寄り下さい。

それでは、本当にありがとうございました。

                           Reo


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テーマ:家族 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/11/01 15:51 】

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星になった癒し
今日、午後6時28分。
ペットの・・いや、家族の一員であるハムスターが星になった。
娘の誕生日でお迎えしたハムスター
その時点で、1ヶ月くらいだったから、享年2歳9ヶ月。
寿命が短いといわれる中、長生きをしてくれたほうだと思う。

GW、こっちへ帰ってきてから、うずくまっているハムに、ちょっと
ビックリしたが、ダイスキなお薬をあげたら元気に回し車を回して
いたので、ちょっと安心していた。
それから、3日後。
子供達と私、揃った場所で、彼女は息を引き取った。

鳴きもせず、無心に回し車を回し、ご飯時になると、駆け寄ってきた。
名前を呼ぶと、のそのそ巣から出てきて、時には眠そうに、
時には目をくりくりさせて「何?」とでも言うように私を見つめていた。
「そう思うよねぇ」って、言葉も話さないハムスターに私はよく話しかけたり、
子供達の話題をふったりもした。
そのたび、キョトンとした顔をしていたっけ。

小さくて温かな身体、その愛くるしい顔つきとしぐさ、行動。
それらは全て、私の癒しだった。
見ているだけでウットリ・・ニコニコ微笑んでしまうくらいの・・・


温度調節、病気や、いつものお世話などをいろいろする私に
姑や、夫は、「たかがネズミ一匹に」という言い方をいつもしていたし、
姑は、「焼いて食っちまえ」などとも言っていたし、
夫は、病気の面倒見るより新しいのを買ったほうが安いとも言っていた。

そういう人たちがいない時に、彼女を本気で大切に思っている人だけに
見守られながら、彼女は逝った。まるで、時間を選んだかのように。
あなたがいなくなったのは、とても寂しくて、悲しいけれど、
あなたを独りぼっちで逝かせなかった事と、最後まで、子供達と
あなたの看病をできたのがせめてもの心の救いです。

2年9ヶ月。短くて長い、長くて短い時間、沢山の思い出と癒しをありがとう。
1年半の間、腫瘍を抱えながらよく頑張ったね。
安らかに眠ってください。

いつまでも大好きだよ。
天国で幸せにね。

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テーマ:日々のこと - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/09 22:00 】

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別角度
今日も侵入形跡あり。
舅の覗き、侵入癖は、きっとその時が来るまで続くのだろう。

土曜日に友人二人と三人で飲みに行った。
最初は他愛もない話をしていたのだが、途中から私の日々の生活の
ことになった。
もともと、その事を知っている人だったので、いろいろアドバイス?
を貰ったが、別角度から見た答えに、私はもんもんとしてしまった。


古い言い方かもしれないけれど、同居を選んだんだから、
そっち(私)が嫁いだ家に合わせる(舅の面倒を看る)のが道理なんじゃないの?

とか


姑さんが、そうやって好き勝手して舅を見ないで侵入されるのが嫌なら、
Reoが仕事を辞めればいいんじゃないの?


とか


その家を出るとかいう頭があるのなら、もう何されたっていいじゃない。
どうせ出るんだから、何されようが関係ないんじゃない?


とか・・・


確かにそうでしょう。
おっしゃるとおりです。という感じだけれど、私の中ではどうにも
腑に落ちなかった。


昔、私に姑が言ってたっけ。
「家は、旧家じゃないから、堅苦しい事はなにもないのよ。
条件よくてよかったわね」


そんな条件のいい家とやらに嫁いできたはずなのに
なぜ、今更、合わせなければいけないのだろう。

とか

幼稚園の行事や都合などで忙しくして、仕事はしたいが、
パートもやっていないときに

「Reoさんは仕事するって口だけで、

やらないからねぇ」


などと言われたのに、なぜ、私がやっと見つけた仕事を、姑の肩代わりに
辞めなければならないのだろうか

とか


このまま続けば精神状態が持たなくなり、別居の方向で話を進めたと
しても、夫は親サイドにつくことが確実で、そうなれば当然、離婚で。
もしそうなるとしても、私がこの家にいる間、何をされてもいいなんて
どうやったって思えない。
家にドリルで穴をあけたり、家具をノコギリで切られたり、変なシール
はられたり、物が捨てられたり・・・耐えられない。


そんな話をしたらば、友人は、
「じゃぁ、Reoの私物を私の家に預けてよ。私見ないから。」と言ってくれたが、
そんなことをしたら、全家具をその人の家に運ばなければいけなくなるのだよ・・


別角度からの意見は、私を案じてかけてくれた意見だろう。
この家で、うまくやっていくための道しるべ的意味合いが
こめられていたのだろう。
助言をしてくれた友人も、ダンナの両親と同居をしているのだから。

しかし、どの意見も、自分の中では、ただただ苦しいだけの・・・
頑張って頑張って頑張りつめて追詰められた上にまだ「頑張れ」とか
「頑張りが足りない」と言われているような感覚に私の中では
移って、結構もんもんとしてしまった。


適当に流せばいい。
簡単に言うけれど、流せる度合いを超えてしまっている。
きっと、この家の嫁が私でなければ、うまく流せるのであろう。
しかし、

私には絶対に無理だ

この家の問題は、自分自身で、この重く苦しい感情からの出口を
見つけ出さなければいけないのだろう。

別角度、別視線からの答え。
厳しいものだったけどありがとう。
私は私の角度からの答えを出そう。
これは、私自身の問題なのだから。

テーマ:家庭内事情 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/01 15:31 】

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So Sad Christmas
時は今から半年前。
世間はクリスマスムード一色で盛り上がっておりました。

子供をお持ちの皆さんは、サンタさんの存在を
どのように扱っておられるのでしょうか?
家の場合は、ダンナがサンタはいない家庭で育ち、
私は、サンタの存在を信じるという家庭で育ちました。
お願い事をするけれど、品物は、いつもペコちゃんの長靴お菓子だったクリスマス。
自営業で忙しく、私の希望には添えなくとも、必ずプレゼントを用意し、
眠った私の枕元に置いていてくれた母。
小学3年の冬にサンタは来なくなり、「プレゼントなかった」と言うと、
「はいこれ。」と1000円を渡され、
「好きな物買ってきなさい。」と言われたのが、ショックだったのを
今でもハッキリ覚えているほどで・・・
とにかく、子供に夢を与えたいわけですよ。
親のエゴといわれようが、クリスマスの朝、子供がプレゼントを嬉しそうに抱えて
「まま~~~~~っ!!サンタ来たよ~~~~~~~!!」と
プレゼントを自慢気に見せてくれるのが嬉しくて。

・・で、前置きが非常に長くなりましたが、家はサンタが来る家なわけです。

しかし・・聖なるクリスマスのはずなのに
家には邪悪な者もおりまして・・・
最初の年は、プレゼントを抱え嬉しそうにしている子供の後ろで
「パパとママに何買ってもらったの?」
平然と言ってのけました。


初年度だったし、習慣の違いということで、大目にみてやろうではないか。と思い

「サンタさんがもって来てくれたんだよねぇ~っ」

と結構大きな声で言って、許した。


で・・それから数年が過ぎ、去年のクリスマス。
当時小学2年だった息子は、少しずつサンタを疑い始めるようになった。
それでも、往生際悪くサンタの存在を話す私。
しかし、そろそろ限界か~と思いつつ、私の自己満足の夢配りを続けた。

翌朝、子供達二人で「サンタ来たぜ~~~~~~!!」と大喜びで、報告しに来た。
二人で空を見上げながら「ありがと~」とか言っている。
( ^ ^ )( - - )( ^ ^ )( - - )ウンウン
微笑ましい光景だ。

そこへまた邪悪な者がやってきた。

邪悪な者 「サンタさん何買ってくれたの?」(←少しは進歩?)
  子供達 「サンタは買わないんだよ。サンタさんはオモチャを作るの。」
邪悪な者 「 あらそう。で?何が入ってた?」
  子供達 「(プレゼントの説明)」
邪悪な者  「そう、よかったわね。でも、現金もって来てくれたら、好きな物買えるのにね。」


実家への節目の贈り物や

義理弟夫婦の出産祝いの品を

金だけ渡して選ぶのを私に任せる

あんたの言いそうなことだよ。



私  「毎年欲しい物は何か聞いて、サンタに手紙送ってるもんね~」
子供達「うん!“O( ^ - ^ )O”」


邪悪な者よ!!
頼むから、これ以上私と子供達の夢を壊さないでくれ!!


【 2005/06/24 21:36 】

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遺言・・・・・?
遺言というとどういう物を想像するかな?
遺言・・・
つまり自分が死んだ後に家族や親類などに残したい言葉。
最後に伝えておきたい言葉。

ドラマの見すぎなのかもしれないが、
家族仲良くとか、今までありがとうとか・・
比較的温かい言葉をいろいろ想像するわけですが。

2004年12月、退院して1週間以内に再入院ということが度重なった舅は、
退院後3日で再入院となった日の夜、自分の病状の事を深く思い悩んだ。
「もう、これで最後になってしまうのではないか」と。

翌朝早くに電話がかかってきた。
「姑と私と二人で病院に来て欲しい」と。

不安がよぎった。なんとなく医者から重大な発表をされそうな、そんな予感。
「なんだか、嫌な予感がするんですけど。」と私が言うと、
「なんで?ただ二人に用事があるだけでしょ」とあっさり言う姑。

二人で病院に向かった。
面会時間でもないのに病室に向かう私達を見た看護婦は、けげんな顔をしている。
どうしたのだろう・・よりいっそう不安感は高まっていった。
病室に入る。
「具合どうですか?」というか言わないかくらいに舅が「談話室に行こう。」と。

二人に手紙を渡された。自分の妻である姑に1通。そして、私に1通。
すごくドキドキした。本当に・・
しかし、内容を見て吹き出してしまった。
手紙の冒頭は「換気扇は、すぐに掃除してください・・・・」
その後、掃除の仕方と洗剤の種類が延々と書き連ねてあった。
暇さえあれば、どこかしことフキフキするお掃除好きな舅のこと、
入院しながらも、年末大掃除がそんなに気になっているのかと思った。
そして、真ん中くらいに「年末ジャンボを調べてください。」
これには、思わず大爆笑だった。姑にはバレバレの年末ジャンボ。
本人だけは、姑にばれていないと思っている。どこか、かわいさも感じられて
舅を見ながら、「はい、わかりました」と笑顔で答えた。

対して姑。
私が宝くじのことを読んで笑っていると
「何がそんなにおかしいのよ!!」と凄い剣幕で怒り出した。
「お父さん何言ってるのよ!!」と涙をホロホロながしている。

い・・一体何が?

その後舅の口からこんな言葉が・・
「俺、もうダメかと思って。」


え?
えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~?



そうだ・・どうやらこの2通は、舅の遺言だったらしい。
そりゃ笑ってる方がおかしい。
でもさ・・
一体どうやったら、こんな内容の手紙を
見た瞬間に遺言だと認識できるのさ!!


ちなみに、姑の方には、自分が死んだ後の連絡先と、貯金の事などが記されてあったらしい・・・
姑は「これがお父さんの最後の手紙になるかもしれないから、大事に取っておいてね」と・・


取っておくよ。大事な遺言としてね。

で、笑った私が相当変なヤツに思えたのか、「手紙を見せて」と言い出した。
見せてやったさ。宝くじのことも伝えたさ。
そしたら、「私がお掃除嫌いなの知ってるから、Reoさんに任せたのね。
宝くじも、きっと当たったら、あなた達にあげるつもりなのよ。お父さんってそんな人だから。」


ほぅ~・・・(目を細める)


で、手紙の通りに掃除したさ。宝くじの換金にも行ったさ。
結果

40枚で、見事1000円



ありがたき幸せ。

えぇ、ちゃ~んと姑の懐に返しましたとも。



その時は、あまり思わなかったが、夜ぼんやりそのことを考えた時、
なんだかやるせなさが襲ってきた。


な~んとなく、気付いていたが、まさかここまでとは思わなかった。
死を覚悟した男が、息子夫婦に残したかったこと

私達夫婦は、この家の掃除係だったらしい。


...続きを読む
【 2005/06/22 10:11 】

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