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また、お金かよ。
8月頭、実家帰省を予定している私と子供達。
ペットのハムさんは、ダンナ、ダンナの両親がいるにも関わらず、
ペットホテルに預ける事に決めた。
なぜか、それは、この人たちに預けたら、ハムは死んでしまうと思うからだ。
暑さ対策で、出かける時には、クーラー代わりにハムのケージに
アイスノンや、凍らせたペットボトルを置いてでかける。
人間だって、暑ければクーラーをかけるだろうが、
姑はこれをみて、「ハムちゃんは、皇女様ねぇ~」と言う。


お前らの部屋を締め切って

クーラーなしの蒸し風呂に

してやろうか



ハムは、暑さには弱い。
熱中症にかかり、へばって死んでしまうことだってあるのだ。
この人たちにまかせたら、真夏の締め切った暑い部屋の中で
一日中すごさねばならない。
「気がついたら死んでた」なんて大ショックだ。

ペットホテルは、いつも通っている動物病院内にあるホテル。
もともと病気を持っているので、何かあったときは、処置をしてくれる
クーラーをつけていても、文句を言われる事もなしだし、
冷房が設備されているので、気温やエサや掃除などで、
へばる事はないだろう。こっちの方が、安全かつ安心だ。

ということでいつもより、帰省期間が少し短くなった。
ペットホテルはお金がかかるしね(^^;

帰省期間が短い事を知った姑は、
「今年は短くない?」と聞いてきた。
「ハムをホテルに預けるので。」と答えたら、
「お金がかかるわねぇ~♪」との返事。
毎度のことながら、お金、お金と煩い人だ。
どこぞの社長と考え方が、よく似ている。


(=_=)
子供も預けない。
ハムも預けない。

自分たちに信頼が全くないのだということになぜ気付かないのだろうか。
いや、わかっててわざと言ってる?


はぁ・・
やっぱり 邪悪な者 姑には「信頼」とかそういうのは、
どうでもいいことなんだろうなぁ。

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【 2005/07/25 21:20 】

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ジジ、ババっ子は三文安
「ジジ、ババっ子は三文安」
じーちゃんっ子、ばーちゃんっ子というように、
お年寄りが中心となって、子育て(孫育て?)をした場合、
両親が普通に子供を育てた場合と比較して
「三文(昔のお金)安い子供だ」という意味です。

そういう私は「じーちゃんっ子」だったのですが(笑)

なぜ三文安くなるか。
それは、ジジ、ババは、親と違って、子供に対しての責任がない。
だから、ただ「かわいい」だけで甘やかして孫を育ててしまうからと
昔、聞いた事がある。

同居をして、親になり、この言葉の意味が、すご~くよくわかった。
孫というのは、格別かわいらしいらしい。
例えば、親が、「虫歯になるから」など、いろいろな理由で、
子供に甘いものを食べる事をひかえさせていたとする。

そんな時、年寄りは、何をするか。
「かわいそう」だの、「孫に言われると弱いのよね~」だの言って
「ママには、内緒ね」という名目で、よきおじいちゃん、おばあちゃんを
気取って、お菓子や、ジュースを平気で与えてしまう。
そうして、親の知らないところで、一日一回のはずのおやつが、
2回も3回も与えられ、虫歯になる。
その時、「孫に言われると断われないのよね~、
虫歯になっちゃったのね。ごめんね」などと、平気な顔でのたまって、また
同じ理由で、同じ事を繰り返す。

虫歯になるほうが、よっぽど「かわいそう」ではないか?
虫歯になって痛い思いをするのは、子供だ。
無責任に何でも与えて、事後処理は、全て親。
これってどうよ?
お年寄りが、よくだまされるというが、これじゃぁ当たり前だ。
表面的に「いい人」を装って、自分になつかせたいだけで、
孫の事なんて、本当は真剣に考えちゃいないのだ。

子供も、バカではない。
親がダメだと言えば、おじーちゃん、おばーちゃんのところに行けば、
無条件に何かもらえるのを知っているから、親に嘘をついて行ってしまう。
「ママには内緒ね」を合言葉のようにして。
親に嘘をつく事を一番初めに推奨し、実行させるのは、「ジジ、ババ」だ。
例えば、親に叱られて、凹んだ子供は、ジジ、ババのところへとりあえず逃げる。
そうやって逃げ場所があるのは、いいことだとは、思う。
が、しかし、その逃げ場所が問題だ。
私が小さい頃などは、ジジ、ババのところへ逃げると、ひとしきりなだめて
貰った後、必ず「お母さんが、何故怒ったか」ということを教えてくれた。
やったことが悪い事は、悪いと、なだめた後にちゃんと教えてくれた。
今、そいういうことをしている同居お年寄りってどれくらいいるだろう。
下手をすれば、孫とつるんで、「母(嫁)の悪口」を言ってるお年よりも
いると思う。

そうやって、我慢したり、乗り越えたり、反省することを経験せずに、
「不都合があったらすぐ楽なところへ行けばいい」的に甘く育てば、
高くつくわけがないのだ。

じーちゃんっ子で、三文安かった私が言うのもなんだが(爆)、
親と子供の信頼関係を壊すようなジジ、ババの存在は、
親の目から見れば、子供にとって「百害あって一利なし」なのだと思う。

【 2005/07/21 23:17 】

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かわいくないし。
義弟夫婦に赤ちゃんが生まれ、しばらくたち、
そのお宮参りをする事になったときのことだ。
例のごとく、お祝いの後の食事を家で行う事になり、
お料理はお弁当を取るとは言っていたが、
お吸い物と、サラダは私が用意する事になった。
義弟の奥さんのご両親もいらっしゃるらしいとのこと。

お宮参りをした後に、家に寄る。調度お昼頃になるから、
それまでに用意をしておいて欲しいとのことで・・・・

まぁ、これくらいは、嫁がするもんなんだろうなぁという
感じはあったので、時間に合わせて、掃除なり準備なりをしていた。
料理の準備も進み、お昼くらいに、調度温かいお吸い物を出せるように
下ごしらえをしていた時のことだ。
突然の電話。姑からだった。
ダンナが取ったのだが、どうやら神社の都合がつかず、予定を変更して、
今から家に来て、食事をした後、お宮参りをするという。
お弁当を頼んである仕出屋にすぐに持ってきてもらうようにと・・

あらかじめ時間だって言ってあるのに、都合なんてお構い無しだ。

食事の準備をある程度してから、化粧なり、身なりを整えようと
思っていた私。
服は部屋着、すっぴん顔。ほぼボロボロ状態。
しかし、もう食事の準備をしなければならない。
いそいで、10人分のお吸い物を作り、サラダを用意・・・
やっとでさえもボロボロ状態なのに、さらに追い討ちをかけるようにボロボロになっていく

そこへ帰ってきた、義父母と、義弟夫婦とその両親。
当然着替える暇もなく、ボロボロのまま挨拶・・(T^T) ヒック
姑に「とつぜんだったのでパニックになりましたよ」と言ったら、

「だって、お宮さんが悪いんだも~んっ!!」(「も~ん」にアクセント
一昔前のアイドルのような言い草)


かわい子ぶってんじゃねーぞ

こら!!



全然かわいくないし。
その態度にすっごい腹立ったし!!


悪いのは全部 お宮さんのせいなのだ。
だから、自分に否なしという意識。
当然のことながら、予定が狂ってしまって申し訳ないなどと
いう気持ちは微塵も感じられるハズもない。


間もなく、仕出し弁当も用意され、私はボロボロのまま接待。
お吸い物をよそって、出している時に、食事が始まり、
義弟のお嫁さんが、「このお吸い物、変わった食感ですね~」と
感想を述べた時に
「これは、「くずうち」と言ってね・・・」と説明し出す姑( ̄ー ̄)o゛プルプル

旅館の女将かよっ!!


作ったのは私だよ。
自分が作ったような説明のしかたするなよ!!

実家の母もそうだった。
所詮、同居嫁とは、これくらい雑に扱っても平気な存在なのだろう。


お嫁さん方のご両親も来ていらっしゃると言うのに、
「この赤ちゃん、本当に私の息子にそっくりでかわいいわ~」といつものように
良いところは全て自分の血縁でまとめる・・・


はぁ・・むこうのご両親がいらしゃっている時くらい、
お嫁さんにそっくりでかわいいわね~とか言えない物かねぇ・・

で、食事の後、さっさと出かけていきましたとさ。

カウンターの上に、少しのお金。
ダンナに「何これ?」と聞いたら
「お駄賃だってよ」という返事。


はぁ・・・やっぱり金でカタつけるのかい・・・┐( ̄ヘ ̄)┌ 




【 2005/07/18 21:43 】

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正負の法則
最近ふっと思い出した言葉があった。
どこで見たのか、どこで聞いたのか、誰から聞いたのかは覚えてないが、
「美輪明宏さんの本を読んだら、世界観が変わったよ」というコメント。
ネットだったのか、それとも人が話していたのか、それさえも覚えてないのだけど。
なんだか、頭から離れなくて、とりあえず、図書館の本を探してみた。

(今の図書館って、ネットで資料検索できたり、本を予約できたりと、便利ですよね~)

で、いくつかヒットして、「正負の法則」で2冊目なんですけど、
世界観は変わったりはしませんが、「なるほどね~。わかるわかる。」
と妙に納得したりすることが多くて、実は私、あまり本は好きな方ではないのですが(汗)
2冊とも読み始めると一気にが~っと読んじゃいますね(笑)

で、その「正負の法則」の中に面白い事が書いてありまして、
「天界族」と「魔界族」のお話なんですが、妙に納得したりしました。
例えば、「なんてヤツだ」って思うようなことがあるとき、
自分と同じ種族の人間だと思うから腹が立つのだというもの(笑)
魔界族の人は、もともと「なんてヤツ」な人達で、その種族の中には
反省や懺悔や後悔という成分はひとかけらもない人がいるから、
自分とは違う種族の者ときっぱりと割り切って、最初から、
期待も信用もしなければ、裏切られる事もなく腹も立たないというものでね

ははは。そうかそうか、なるほどね~と(爆)

自分は何族なのかということは、別として、妙に納得してしまったReoでありました。

この先の美輪さんの本を借りていくのが楽しみです。

【 2005/07/16 22:43 】

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恐怖の実家帰省
毎年、子供達が夏休みの時期になると
車で4~5時間ほどかかる実家に子供二人と私の3人で帰省する。
私が実家に帰省するのは、
年に1度、お盆をかねたこの時だけなので、
地元の方のお祭りとあわせてお盆まで2週間ほど
滞在することが多い。
ダンナはダンナで、煩い子供と妻がいないので、これ幸いと
悠々自適に過しているようだ。

毎年迎えには行くというが、こっちは車で行っているのに
バイクで迎えに来たりと、訳の分からない事をするので、
別に3人で行って帰ってきてもかわらんなぁと思う。
というか、ダンナには、家に残っていて欲しいと思う。

なぜなら、若夫婦が誰もいない状態で
1日でも家をあけると舅に好き放題やられてしまうからだ。
帰って自分たちの部屋に入る時、こんどは何をされているのかと思って
しなくてもいい緊張をしなければいけない。

これまでの中で一番ひどかったのは、
クーラーが取り付けられていたことだ。
毎度のことながら、それは幸せではないかと
思うかもしれないだろうが、そうではない<(T◇T)>わぁああああ!

クーラーだけなら確かに、ついていても損はないので、
勝手放題でもよしとできるのであるが、
こちらの了解もなしにクーラーをつけることを勝手に計画し、
そのクーラーをつけるのに邪魔だからといって、取り付け場所に
おいてあった本棚をクーラーが取り付けられる高さに
ノコギリで切ってしまう・・・<(T◇T)>わぁああああ!
もちろん「切ってもいいか?」などと聞いてくるわけもない

舅の言い分はこうだ。
「俺のやることに口出しするな!!切った分の本はここ(舅や姑の物と一緒)
に入れれるからいいではないか」と・・・・
そうじゃないだろう(TーT)o゛プルプル
なんで人ん家の家具を無断でノコギリで切っちゃうのよぉぉぉぉっ!!

こんなことがあるので、この1度の帰省の間、気が気ではないのだ。
そして今年も、間もなくその時期がやってくるのである・・・

【 2005/07/14 13:43 】

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自業自得
この間、水道が止まった。
家の水道は、2階と3階へポンプで上げているため、
電気が止まると、水道が使えなくなる。

「さっきまで出ていて、停電もしていないのにどうして止まったの?」

原因究明に乗り出すダンナと舅。

しばらくして、水道が出るようになり、姑が階段を上ってきた。
「やっぱりお父さんがいないとダメね~。お父さんが、ちょっと
何かしたら直ったのよ~っ」言いながら。

お父さんがいなくなると、家の事が回らないという事を言いたいのだろう。
息子では頼りないと。

「原因は何だったんですか?」と姑に聞いたら、
「しらないけど、お父さんが、ちょ~っと弄ったら直ったのよ~」

そこへやってきたダンナ。
「(舅が)勝手に取りつけたコンセントが、ボロボロになっていかれてたから、
交換する」


結局さぁ、自業自得だったんだよね。
お父さんが勝手にいろんなもの取り付けて、いろんなところ、いじっちゃってたから
起ってることなのよ。
何もしてなければ、こういうこと、起らなかったかもってことなのよ。
そういうのちゃんと自覚して欲しいよね。

そのツケは、家に回ってくるんだからさ。
【 2005/07/13 22:13 】

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自立老人
今日、友達の家にお邪魔して、毎度のように
いろいろな話をして笑ってきたのだが、
その中に非常に拍手物の話があった。

私が、「老後の面倒を子供に見てもらうのが当然って意識は、
少し変ではないか?そんなことを当たり前にしている人は
感謝の気持ちもないんだろうから、面倒を見たいとは思わないよね。
逆に、自分たちは自分達でやるから、あなたたちは、あなたたちで
やりなさい。と言って、親たちは自立している方が、
自分たち夫婦で好きにさせてもらった分、何かあったときに、
気にかけるような気がする。」ということを話していた時のことだ。
現在90歳のお年寄りの話だった。

その方は、現在老人ホームに入っておられるのだが、
息子夫婦との同居を拒んで、自ら老人ホーム行きを希望したのだという。
息子夫婦が、気にかけて「一緒に住もうよ」と言っていたらしいのだが、
「私が中に入ってることで、若夫婦仲がこじれるのが嫌だから」と言う理由で断わったそうだ。
自分が同居嫁であった時の経験から発した言葉なのだろう。

そうやって老人ホームでは、他のお年寄り達と楽しく暮らし、
息子夫婦たちも、おばあちゃんのことを気にかけて、孫を連れて、
たびたび遊びに行ったりしているらしい。
どの子供たちとも同じ距離を置ける分、面倒をみるとか、金銭面的なこととか
同居する上でやっかいな子供間での不公平が生じず、若夫婦の邪魔をしたくないといった
自分の意思を貫き通す形で、ホームに入ったというのがミソだね
この方は、本当の意味で息子・・・
というか、自分の子供の幸せを願っているのだなぁと感激してしまった。
拍手ものだった。
こういうのを本当の意味で子離れしているというのだろうなと思った。

私は、子供(小学3年と1年)を結構抱きしめたり、頭をくしゃくしゃと撫でたり、
する方ではあるが、いつも「ベタベタの愛情」と姑から評価を受ける。
こういうことができるのは、今のうちしかないと思ってる。
逆に言うと、今のできるうちにベタベタしておいて、子供が成長し、やがて、親よりも大切な人が
できたときには、その人と、自分が作り出す家族を大事にしてほしいと思っている。

「私はベタベタの愛情ではなく・・・」ということで、子離れしている
と言っていたことのある姑だが、この家のことは息子の肩に全部かかっていると
言っている時点で、全然子離れできてないと私は思う。


自然界においては、親は、子供に生きるすべを教え、子供が巣立てば、後は老いて
朽ち果てていく。
それが当たり前のことで、親としての役割を果たした後は、自分達の面倒を見てくれないからと
ぼやく事をしないよね。そんなことをしているのは人間だけなのかなぁと思ってみたり・・
子供に面倒を見てもらって当然とかいう意識のある人は、何のために子供を
産み育てたのだろうか・・・
子育てを通して、これだけしてあげたと将来面倒を見てもらうための恩を売っただけか?
将来自分の面倒を見る人が誰もいなくなるから、子供を産んだのか?
そう考えると、面倒を見てもらって当然っていう意識は何か変だなぁ。
と今日の自立老人の話を聞いて思った。

親って子供の幸せを誰よりも願っている物じゃないのかなぁ・・・
そうやって、人を大切にし、生きるすべを教えながら、子供が自立する
手助けをする存在なんじゃないかなぁ・・

面倒を見たいかどうかっていうのは、子供の心一つで、決して「見て当然」
という恩着せがましいもののハズではないと思うんだけどな。

こうやって、時が来たら、自ら子供から離れる事の出来るような潔さを持つ人は、
子供を本当に思いやっている人なのではないかなと思った。
そうやって、子供は、自分が選んだ大切な人と、自分たちが作り上げる家族を
大切にする。
それが親離れってものじゃないかなぁと思った。

「見て当然」とか、「見てもらって当然」ではないんだよね。
何も当然じゃない。
感謝の気持ちが抜けてたら、ハートフルにはなれないからね。

自分の老後へのことも含めてこれだけは、心に留めておきたいね。
自分の老後は、見てもらって当然の物ではないのだということを。
私達が老人になる頃には、年金だってもらえるかどうかわからない。
将来息子夫婦や、娘夫婦に恩着せがましいことを言うことのないように
老後ライフをちゃんと考えた計画を今から練らねばなぁ(爆)

今日聞いたお年寄りの方のように 子供達の幸せを心から願えるような
自立した ばーちゃんになりたいです。
【 2005/07/12 21:51 】

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気遣い
気遣い・・・
家族であれば、何の気遣いもいらないと思う?

確かに、変な遠慮はいらないのかもしれないけどさ、
家族といえども、親しき仲にも礼儀ありでさ、
気遣いって必要なんじゃないのかな。

お互いのプラベート、侵害するようなことをしないことや、
自分の物と、家族の物と区別する事や。
自分にとって、価値のないような物でも、相手にとって大切なものなら、
触らないようにするとか、捨てないようにするとか、
いるかいらないか、一言声をかけるとか。
そういうのも気遣いの一つだと思う。

大切にしてたおもちゃ、確認もなしに、「壊れたから捨てる」ってことすれば、
子供だって、すごい勢いで怒るよね


前に姑が、皆がいる前で、
「私は気なんか使ってないわよ。Reoさんだって使ってないでしょ?
気なんか使ってたら、同居なんてやってられないじゃないねぇ?(爆)」
と言って、ケラケラと一人で笑い出したことがあった。

あんたがそうだからって、私も同じにしないでくれる?

気なんか使ってなさそうに見えるかもしれないけどね、
本気で気遣いしてないとしたら

私はもうこの家にはいないよ!!




はぁ・・・(ため息)

【 2005/07/11 22:27 】

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冷静になる
怒りで頭に血が上ってイライラしていると、
そのことばかりに集中して、あら捜しばかり行うようになるので、
時には、冷静に、何が嫌なのか、どうしたいのかを考えることがある。
「どうしてほしいのか」ではなく、「どうしたいのか」
私にとっては、ここがポイントなわけで(爆)

相手に「どうして欲しい」という事を伝えるのはもちろん大切だと思うが、
それは、相手も話し合いの姿勢を持ってる時で、こちらの言ってることが
右から左に流れていくような話の聞き方をする人には通用しないし、
相手も人間だから、こっちの思い通りになるわけがないので、
「どうして欲しい」という事を話すより「どうしたいのか」ということを
見つめた方が効率がいいのだ。

で、イライラの原因は、いろいろあるが、家に帰りたくない病を治すには、
とにかく接触を避けることが一番だということが自分なりにわかったわけです。
姿を見そうなときは、部屋のドアを締め切る(爆)
すれ違いそうな時は、時間をずらす。などなどね。
そんな事に気を使うと疲れないか?と聞かれそうですが、確かに疲れます(爆)
しかし、接触をする方が、それ以上に疲れるので、こうする方がまだ楽です。
こっちからは、必要最低限のことしか話さない。
何か不具合があれば、遠慮なく本人なり、ダンナに吐き出す。

もう無意味に笑顔を浮かべたりせず、接触を最小限に抑える努力をしました。
家の中では、人として・・とか、言ってられない状態だったんで。
で、これから先のことをいろいろ考えたりして、あれこれ想像をめぐらせたりして
最後にずーっと先の未来で無邪気に笑ってる自分を想像するイメージトレーニング(爆)

ということで、友人の多大なヘルプと、発想の転換、
意識転換を行った結果、「家に帰りたくない病」は克服いたしました。

現在は、クールな距離を持続しつつ、これを書き始めた頃よりは、かなりイライラが減って、
いい傾向になっております

あぁ・・とりとめもない ただの日記になってしまった(^^;

【 2005/07/10 22:31 】

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関係ないでしょ
ボーナスの時期になると 姑は必ずボーナスのことを聞いてくる。
「ボーナスは出たの?」とか「今年はいくらもらったの?」とか。

毎回、答えるようにはしているが、いつも返ってくる言葉にイライラする。
「お宅はいいわね~」とか、「○○の肩に家のこと全部がかかってるからね~」とか。
他に比べてどうとかこうとか・・・
うるさいんだけど。

バブルの時には、そこそこ稼ぎ出していたダンナ。
「自分の息子は高給取り」であるという意識が抜けないようで、そのお金は、
当然親である舅や姑を面倒を見るためのものでもあるといつまでも思っているに違いない。
でなければ、あんな言葉は出てこないはずだ。
ケーブルテレビに入る時に、機械を2台借りた。
もちろん、月々の支払いは、当然のごとく全部ダンナ持ち。
持つのはいいが、持ってもらっていることすら、忘れて、デジタルに変えようかと検討していた際、
「たかが・・・円くらいなんだから、いいじゃない」と言い出したのだ。


「たかが」扱いするんなら、

自分たちで払えよ!!




孫のために入った保険も、払えなくなったから肩代わりして欲しいと、頼んできたくせに、
姑が趣味を増やしてたってどういうことよ?!
保険を払えないほど、生活がきついんじゃないのかい????


で、今年のボーナス。
そろそろ、余裕じゃない事を知らしめたほうがいいと思って、こう言った。
もう、バブルの時のようには行ってませんから。
ボーナスだって、減ってますし、月々の給料だって上がりません。

少しは姑も気付くかなと思ったのだが、


「どうするのよ。

それじゃぁ生活できないじゃない!!」



と言い出した・・・・

あんたが言うことじゃないだろう!!


できるよ。あんたらの肩代わりさえしなければな!!


つか、息子の金に頼って自分の趣味広げるなよ。
姑の中には、自分の生活水準を落とすという頭はないのだろう。

【 2005/07/09 21:30 】

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そうだったのか。
前に書いたが、舅の調子が悪くなって、
当時していた仕事を「何かあった時にはいつでも休める状態」に
しておいたにも関わらず、舅の兄が来るときも「仕事なのよねぇ」と言って
接待を逃げた姑。

何をするにも「仕事」と言えば、全てがまかり通ってしまうようだった。

ある日、救急車のサイレンが近くで止まった。
近所の方が、救急車で運ばれたようだった。
舅とそれほど年も変わらない男性の人だった。

数日後、その方は、逝ってしまわれた。
姑は、近所のおば様達と通夜へと出向いた。
翌日のお葬式。姑はこんなことを言い出した。
「通夜には出たから、皆でないと思ってたのに、お葬式も出るらしいのよ。
私、明日仕事なのよねぇ・・Reoさん代わりに行ってくれないかしら?」
おまりのセリフだ。もう聞き飽きたよ(ー"ー )

亡くなった方とは接点があまりなかったが、以前、自治会で班長に
なっていた時に、私が配り物をして、何度か顔をあわせたことが
ある方だったので、引き受けた。

なるほどね・・
こんな時でもやっぱり仕事を盾に行かないんだねぇ・・・
近所の方が一人亡くなったというのに・・


それからしばらくたったお正月。
親戚一同集まる中、義弟夫婦が話したことをきっかけに
自治会の話になった時の事だ

「近所の○○さんが、最近亡くなったんだけどね、私は通夜に出たから
自治会を若い人に譲った事だし、お葬式にはRoeさんに出てもらったのよ~」

と姑が言い出したのだ



はぁ?
私にお葬式に出席するよう頼んだのは、私に自治会を譲ったからだったんだぁ
なるほどねぇ~


もともと出る気はなかったが

仕事を理由に

私に押し付けたんだろうが!!




毎度のことながら、よくやってくれるよ。
息子達の前では、そんなに自分をよく見せたいのかねぇ
┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~


【 2005/07/07 21:55 】

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私は、植物を枯らすので有名な人だった。
私の手にかかった植物達は、次から次へと見事に枯れるのだ。
水もあげないで、ほったらかしにして枯れていくのであれば、
理由も分かるのだが、水だけはちゃんとやっているのに枯れていく(爆)
水のやりすぎもよくないだとかなんだとか・・・
面倒くさい事が好きではない私にとって、植物は、観賞用であって、
育てたり、長持ちさせたりする物ではない物であった。
その気持ちは花にも伝わるのだろうか。

毎年、母の日には、植物好きな姑にも何かしら鉢植えの花を贈ったりしている。
義弟の所のお嫁さんも、毎年、花を贈りに家へやってくる。
彼女は割と植物がすきなのか、花壇まで作って植物を育てている。

ある年、色は違うが、プレゼントした花の種類がミニバラで
同じだったことがあった。
植え替えを行い、玄関に飾ったはいいが、私の贈ったものだけ枯れたのだ。
その花は、姑にとって「よく枯らす花」の種類だったらしいが、
姑はこういいだした。
「愛情の深さに比例するのかしらねぇ」と。


「そうかもしれんな!!」


よく植物を枯らす私でも、随分前に実家の母から貰った
「サギ草」という山野草だけは、毎年見事に花をさかせ12株だったものを
60株まで増やす事に成功した。
そうだね。大切にしたいという愛情の深さに匹敵するのかもね。


そんな私の誕生日。
あろうことか、植物が贈られた事がある。
枯らすまいと、相変わらずお水だけは(爆)しっかりあげていたが、
今から考えると、ほぼ、ほったらかし状態だったなぁ・・・
しかし、その花は、私の仕打ちにめげず、しぶとく図太く生き延び、
少々ながら花も咲かせた。
しかしながら、随分前に貰ったベゴニアという植物は、貰った年にだけ
花をさかせ、あとは、葉っぱは茂るが花は咲かないという状態が、
何年か続いていた。
植物にあまり興味がなかった私は、あまり気にもしなかったが、また姑が言う

「花は人を見て咲くから」




それはどういう意味だ?!



その感情がそのまま顔に出たのだろう。
姑はその場をすぐさま取り繕った。
「あなたは、まだ若くて華々しいから、咲かなくてもいいと思っているのよ」と


ほ~ぅ(=_=) 目を細める。


その翌年、娘が幼稚園の行事の参加賞として、ミニバラを貰ってきた。
黄色のかわいいミニバラだった。
初めて、心から、この花は枯らしなくないと思った。
その行事が母の日の絵を描いて展示された参加賞だったからなのかもしれない。
それと、姑がよく枯らす種類の花だったから「絶対枯らすもんか」
と強く思った。
初めて「育て方」なるものをネットで検索し、今までひどい仕打ちをしてきたのに
耐えて花を咲かせてくれていた植物達の名前や育て方も調べ上げ、
植物のお世話をした。
ミニバラはお気に入りだったので、挿し木にも挑戦し、増やす事を試みた。

そして今年、挿し木をした全てが見事に花をさかせ、親株も去年より茂って
沢山の花をつけた。
随分と花を咲かせなかったベゴニアも、3年ぶりくらいに花を咲かせたのだ!!
:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*:


あなたがよく枯らすミニバラは、あなたにあげた物と違って、
虫にも食われず、こうして綺麗に咲いたわよ。
舅からもらった植物も、株分けするほどに成長し、綺麗に咲いているわよ。
あなたが育てられず、5株あったのに花を一つも咲かせられず、翌年1株になり
いつのまにか消えてなくなっていたサギ草は、今でも増え続け、
毎年のように花を咲かせているわよ。


「花は人を見て咲く」
これは、本当なのだろう。



【 2005/07/05 12:18 】

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命あるもの
家には一匹のハムスターがいる。
この子は一昨年の夏の終わりに家にお迎えした子だ。
近所に出来たばかりのペットショップに子供達と通って
ハムが入っている水槽にへばりついて見ていた。
あまりの愛くるしさに私の方もハマッてしまい、娘が欲しがったのを期に
娘の誕生日プレゼントとして、家に迎え入れた。
私にとっても今でも癒しになっている、かわいい家族の一員だ。

この子は去年の夏、病気を患った。
人間で言う、調度心臓辺りに黒いできものを発見した。
医者に行くと腫瘍なのだと言われた。
手術もあるけれど、ハムなどの小型動物は、麻酔などに耐えられないという
危険性の方が高いので、薬で様子を見て行きましょうと。
ハムの命は、もともと2年~3年といわれているが、1年くらいで、ガンだと
診断されたという事だ。
聞いた時は、「もう生きられないのかも」と思ってめちゃくちゃ
ショックだった。

犬や、猫のペット愛好家などにも、ハムのことを
「たかがネズミ」扱いする方がいらっしゃるのだが、姑やダンナもその内の一人だ。
ペットという点では、犬や、猫と命の重さには変わりはない。
ガンと聞けば、子供達も「死んじゃうの?」と心配そうに聞いてきたし、
できるだけ一緒にいたいという気持ちは、人間に感じるその気持ちと
なんら変わりはない。

しかし・・・
たかがネズミ一匹ごときで、いつまでも医者に通うのが、嫌なのか、
ある日ハムをお医者さんに連れて行こうとする私に姑は、こう言い放った
「そのネズミ、まだ医者に行ってるの?たかがネズミ一匹ごときに随分お金かけるのねぇ」


(--メ) ピクリッ

「このハム、あんたのダンナさんと

同じ病気なんだけどね」


それに医療費のことを言うのなら、そっちの方が検査検査で膨大な
金額使ってるだろう?
人間のみ生きる事が許されるのかね?随分と傲慢な話だ。



しかしその後、この子は、頑張って、腫瘍が目立たなくなるくらいまで
回復し、お尻をプリプリさせながら、かわいい姿を見せてくれる。
今も元気で過ごせているのだが、最近になって
また腫瘍が目立つようになってきた。来月で2歳になる。
人間で言うと、老人の域に入る。
そろそろ、この子も限界なのかな・・・と思いつつ、薬を貰いに行こうと
した時、また姑に会った。

「もうこれからは、どんどん弱っていくかもしれません」と私が言うと、


「死んだらどこに埋めるの?家には埋めないでね。近くの林にでも埋めてきて」


「あんたのダンナもその辺に埋めるか?」


そう言ってしまいそうになったが、こらえた。


あまりにも心無い言葉に怒りを隠せず、「行ってきます」と車のドアを
バタンと閉めてお医者に向かったのでありました。



命あるもの皆、同じように生きてて、大切なのにね。

【 2005/07/04 21:54 】

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とある同居姑のぼやき
いつもは、嫁の立場からのぼやきを書いているが、
今日は、逆の立場から見てみよう。

何年か前、知り合いの方が妊娠されたときのことだ。
前回の妊娠は、残念にも流産となってしまったのだが、
もう一度子宝に恵まれ、彼女の中には新しい赤ちゃんが
いたのだが、その妊娠が結構大変な物だった時のことだ。

前回のこともあるからか、ちょっと神経過敏になっているところも
あることは確かだったが、その妊娠も、平穏無事とはいかず、
途中で入院する事になったのだ。

その方には、娘がいて、私の息子とは、同級生、同じ幼稚園に通っていた。
毎日のバスの送り迎えも一緒だったのだが、入院という事で、代わりに
その家のおばあちゃま(お姑さん)が、送り迎えをされていた。

毎朝、毎夕の待ち時間・・・
悪口とまでは、いかないが、同じ同居嫁という立場で
彼女とは知り合いであるというリスクがあるにも関わらず、
おばあちゃまは、私に知り合いの事を話し始めた。
知り合いは、もともと、しっかりタイプの人で、おっちょこちょいの私は、
よく彼女に注意されていたし、家の子供を含めて、他所の子には、
「悪い事は悪い」とビシッと注意できる、頼りがいのある人なのだが、
自分の子供には結構・・いや、めっぽう甘い・・(^^;
友達と書かずに知り合いと書いてしまうのは、私にとって、
彼女の存在が、少し「威圧的で怖い」ということもあるからで(^^;
人柄はとてもいい人で、嫌いなタイプではないなのだが、
どことなく、距離を置いてしまうようなそんな感じで・・
まぁ、こちらとしては、お姑さんが愚痴りたくなる気持ちも
わからなくはないわけで・・・(滝汗)
「あぁ・・そうですか。なるほどねぇ。そうですよねぇ」なんて
相槌を打ちながら、内心非常に微妙な気持ちでした。

診察券をすごく沢山持っていて、例えば、自分や子供が病気になったとき、
自分の気に入る診断をしてくれるまで、病院をたらいまわしにしたり、
医者を変え続けるとかなんとか・・・
彼女は元保母さんだったので、子育てに関しては、エキスパートだと
思っているので、口出しはしないでいるのだが、
たまに「おかしいのでは?」と思って口を挟むと、
ピシャリとやられてしまうとか・・・(^^;


聞いていて「あぁ・・彼女ならそうだろうなぁ」とか微妙に思いつつ(笑)、
こんなの私にここまで話していいのだろうかと思ってみたり。
同じ同居嫁の立場としては、返答や、回答が非常に微妙な問題があるわけで・・(笑)
とにかく、このようなことで、おばあちゃまは悩んでおられて、こっそり私に
愚痴っていたのであります。

今日、入浴中にふっとそんな事を思い出しまして、
姑の立場も厳しいのかもしれないなぁと思ったわけで。
姑としては、かわいい息子(?)をいつまでも傍においておいたり、
今まで面倒見たんだから、親孝行して当然みたいな意識が
あるのかもしれないが、そこに嫁という存在が入ると、嫁が強い場合は、
当たり前だが、舅や姑の思い通りにはいかなくなる。
自分の家なのに、嫁に乗っ取られたようなそんな感覚で、
嫁さえいなければ・・・という思いもあるだろうが、
嫁をはじき出すと息子もいなくなる可能性が高い。
舅や姑もまたジレンマに苦しむのだろうなぁ。


というかですね、私、思うんですが。
舅や姑と嫁との関係がおかしくなって、仲介役のダンナが、
無関係を装ってたら、必ず家庭は崩壊するし、
それで、自分(ダンナ)の親を取るダンナさんだったら、
別れた方が正解かなぁなんて思う。
そういう場合、一緒にいたって、嫁さんは、
どんどん孤立していきますからね。

自分の親は大切って思ってるのは、ダンナだけではないのですよ。
嫁さんも同様なのです。
嫁さんの実家の両親を大事にしないのであれば、
嫁がダンナの両親を大事にしなくても文句は言えません。
婿入りだったら、実家に住んでる嫁さんが、ダンナさんを
誰よりもかばわないといけないと思います。
血縁でグルになると、破滅の道しかないですからね。

つか、血縁者の中に一人で過ごしている者の気持ちを
汲んでやるべきかなって思います。
嫁だって、できることなら実家とグルでいたいですよ、そりゃ(爆)
でも、結婚して、嫁ぐときに、その縁を遠い物に葬り去るのです。
つか、私は葬り去られました。(爆)
向こう側の家の人間になるのだからと。

いつの時代も、嫁だけがそんな思いをするなんて
不公平では在りませんか?
結婚というのは、お互いが、お互いの親からの独立であった方が
夫婦として幸せに暮らせると思います。

でも、男親だと、イマイチ感覚がハッキリしないのでしょうね。
出す方の苦しみは、わからないのでしょうから。

ということで、嫁のぼやきがあるのなら、舅や、姑のぼやきも
あって当然だろうなぁと思う今日この頃でありました。

【 2005/07/03 22:16 】

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思うこと
こうやって同居のぼやきを書き出してみると
自分が何にイラダチを覚えているのかがわかる。
舅、姑問題・・・まとめて同居問題において、唯一赤の他人とされる嫁が
どんなことにイラダチを覚えているか、今日は、ちょっと冷静に分析してみよう

舅・姑によく見られ問題とされるパターン

①自分の物と他人の物の区別がつかない

②言い逃れが上手

③立場が悪くなると逆ギレ

④取り繕いがうまくなる

⑤人に厳しく言っておいて、自分はやらない(自分の言葉に責任を持ってない)

⑥孫や息子のいいところは、全て自分の家系で、悪いところは全て嫁の家系であり
嫁の仕打ちだという意識


まぁ・・ざ~っと思いつくだけ上げてこんな感じでしょうか。
事細かに分ければまだ出てくるとは思うのですが・・

こういうことをされると嫁はメチャクチャ腹が立つわけです。
とにかく自分の物と他人の物の区別がつかない時点で、嫁のプライベートは
奪われまくり。
心から安らげる場所が、家の中には皆無状態になります。

よって、私は何度か経験あるのですが、
「家に帰りたくない病」が発症する場合がある。
この時は、友達に事情を伝え、いろんな友達と毎日ランチに出て、子供が
帰って来る時間になるまで帰らないということが繰り返されました。
(心も懐も寒かったぜぃ!!ひゅるる~)


だいたい、老後を長男が見るなんて誰が決めたのさ?
将来自分たちを見てもらうために子供を生み育ててるのかい?
だったら、別居して平等に交代交代で見りゃいいじゃん
同居嫁が一番大変なのに、ただただ損するだけの存在なんだよね。
私は思う。完全別居制が成立し、結婚したらお互い完全に干渉しないことが
守られれば、離婚の数は半減すると。
(むちゃくちゃだろうか・・)


私には、子供が二人(男女各1名ずつ)
この子達が大きくなり、結婚したあかつきには
娘には「絶対、別居前提結婚」を進め、息子夫婦とは別居を希望するでしょう(^^;
息子夫婦間の問題は、何があろうと一切ノータッチ。
夫婦の問題は夫婦で乗り越えるからこそ夫婦なのだ!!
その代わり、こっち夫婦間のことも構わなくてよい。
見えないところで、嫁に「くそばばぁ」と言われようが平気さ。

息子夫婦に干渉する「くそばばぁ(じじぃ)」より
よっぽどマシだと同居嫁である私自身が思うから。

しかし、そのためには、老後ライフを快適にすごすだけの資金が必要か?!
う~ん。
言ってるだけで終わったら、シャレにならないので(爆)
そうならぬように今からでも堅実に貯めて行かねばなるまいな。
子供のため、自分のため、頑張ろうではないか!!
なぁ、自分 ( ^ o ^ )ノ☆/;^-^)ノ


【 2005/07/02 23:14 】

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目線
例えば、自分が不治の病に倒れたとしたら
その時に自分の余命を知らせてもらいたいだろうか?
それとも知りたくない事実だろうか?

例えば、自らの余命を知ったとしたら、
その期間の間にどんなことをしたいと思うだろうか?

例えば、身近な人がそうだと知ったら、自分は何をすべきだろうか

余命宣告の事については、実の母の両親が癌を患ったことがあるので、
考えた事があり、その時の報告のことを身近な人に、「もしも私が余命宣告されたら」的に
話した事があるが、話せるうちにパートナーなり、大切な人とそうなった時のことを話しておくと
「もしもの時」に自分が何をすればよいのか途方にくれる事もないだろう。

「余命宣告」を本人に下すかどうかということも、
望む相手に隠したり、
望まない相手に下したりしなくてすむ。
これは、重要な問題だと思う。


基本的に余命宣告などをされてしまうと、病人の意思が尊重される
残された時間をどう生きるか・・・
人はそうなった時に初めて、時間には限りがあり、一瞬一瞬がどれほど大切なものかを
身をもって悟るのだろう。
医者は言っていた
「交通事故などで、あっという間に亡くなってしまう人より、残された時間を
どう過ごすのかということを考える事ができ、その時間を精一杯使える分だけ
家族や本人にとっても幸せなのではないかと。」
これは、捕らえ方次第だと思うが・・
もし、余命を本人に告知されたとしたなら、病気をしている本人にとっては、
常に恐怖との戦いなんだろうと思う。

癌の末期患者が、余命宣告され、「自分はもう長くはないのだから」と自暴自棄になって、
殺人を犯してしまったケースもあるが・・・
自分は、長く生きられないからといって、人の命を奪っていい権利はどこにもないし、
病気を理由にやりたい放題していいわけでもない。これは絶対に許せない事だと思う。
しかし、している本人は、とてつもない恐怖と戦っていたのだろうと思う。



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【 2005/07/01 21:39 】

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