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いい姑の条件とは
嫁いでまだ数年くらいだった頃、実の姉貴のところが、
舅、姑、小姑、ダンナそろって、問題ありで、大変だった。
地元では、有名な家柄のところに嫁いだ姉。
見栄と、タテマエと、外面のよさは、一級品のその家の中は、
実に嫁を召使いのように扱うような家だった。

それを知ったReo家の姑は、私にこう言っていた
「Reoさんは、何にも堅苦しい事がない家のような家に嫁いでよかったわね。
少し、Reo姉のところで修行でもしてきたらどう?(笑)」と。
自分で自分の事を、嫁に優しいいい姑だと思っていたのだろう・・・
あげく、伝統など堅苦しい事などないいい家だと。

確かにその頃は、舅も元気で仕事して家にいなかったし、
姑も仕事で家にいないし、日中はみんな出払って、普段は子供と私だけ
という生活をしていたので、同居と言う感じはしなかった。
顔を合わせるのが少ない分、余計な話もしなくてすんだしね。
私が日中家にいる分、舅も部屋に手出しするような事は、したくても
できなかっただろうし、(それでも長期休みには必ず侵入して
イタズラをしでかしてたけど)

しかし、二人とも定年を迎えてから、姉貴の嫁ぎ先の親となんら変らない。
修行して来いだなんて、よく言えたものだなぁと思うくらいだ。
姉貴のところも姑はひどかったけど、舅に家具切られたり、部屋や家電、
果ては車までイタズラされたりってのはなかったぞ!!
まぁ、その分小姑の嫌味は大変だったらしいけどね。
それに、伝統などないという割には、Reoさんに譲るわねというお正月などは、
「家はお正月は毎年こうしてた。」とか「こういう料理を出していた。」
とか「私が生きている間は、おせちがない正月なんて許さない」とか言っている・・・
それまでは、「Reoさんは、仕事するって、口だけだから」とか言ってきたのに
こと舅の病気の時には、「Reoさん、これじゃぁ、仕事始められないわね。」と言って
自分は仕事を理由に面倒から逃げる始末。

嫁への対応的には自分の事を棚に上げて、人の家のこと
言ってる場合じゃないでしょってくらいトントンだと思う。
姉貴は、実家も近かったし、いろいろ援助などもあって、幸いダンナの両親と別居できた。
その姉が、「わかるわかる。姉もそうだったもんってか、ひどいよね。」というくらいだから、
いい姑だとか、堅苦しくなくていい家に嫁いだとかいうのは、あくまで
自画自賛とか、自己陶酔の世界。

玄人は3年かかって分かるが、素人は同じ事をわかるのに10年かかるって
意味合いの言葉があるらしいけど、いい姑がどんなものかなんて、
夫の両親と同居した経験のない姑には、何年かかったってわかりえないと思う。
所詮は、想像の世界、幻だよね。
ましてや、自分の息子に「あなたの肩に全てが乗っかってる」なんて言ってる時点で
いい姑の条件から外れてしまってるって。
口では親離れ子離れなんて大きな顔して言ってたけど、これって子離れしてない立派な証拠だし。

親も子供も自立していて、別世帯と考えて、干渉なり侵入なりは、必要最低限に押さえる。
これができなければ、いい家だの、いい親だのということは、
自画自賛であり、自称に過ぎないと思う。


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【 2006/05/29 22:00 】

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余命告知
くどいようだが、「がんばらない」第3章。余命告知について。
この本では余命告知を本人にすることの重要性が書かれていた。
自分の体のことは、本人自身が知っておかなければならないことであり、
余命告知と言う辛い告知でも、残された短い限りある時間の中で、その人が
その人らしく生きるために必要不可欠なものではないかと。

その本の中には、命があとわずかだからと知ってこその、行きたい場所や、
見たい風景、自分の骨を埋める場所や、中には、自分の葬式の写真まで選んでいた
患者さんもいた。
死という恐怖と向かい合いながらも、前向きに、自分の人生を色濃く生きようとする
姿勢が見てとれて、感銘を受けた。

余命告知については、実の母と話した事がある。実の母の両親は、両親とも癌をわずらった。
母の両親は、二人とも致命傷にはならず、手術でなんとかなったものの、
母には、自分も遺伝的に癌で亡くなるのではないかという心配がついてまわるようである。
なので、余命告知について話しかけた。
「もしも医者から、お母さんの余命を言い渡された時、お母さんは、その事実を知りたいか知りたくないか」と。
母は、「絶対に知りたくない」と言った。
薄々感じてはいても、言い渡されるのは絶対に嫌なのだと言う。
「迫ってくる死の重みに、耐える自信はないから。」母はそう言った。

逆に私は、自分の命があとわずかなら絶対に余命告知を受けたいほうである事を母に告げた。
「がんばらない」に書いてあるように、やりたいこと。行きたい場所。
可能な限り精一杯残りの人生を色濃く生きたいと思うから。
お世話になった人への感謝の気持ちを出来れば言葉で、できなければ
手紙でも伝えたいし、できることなら、沢山の人に会って、最後の話をしたい。

自分が入るお墓を見たり、お葬式の写真を選ぶことまでは考えつかなかったけれど、
生涯残る自分の写真を自分で選べるというのは、余命宣告を受けた者のだからこそ
の特権だと思う。
自分がもし、そうなったら、私もそうしようなどと本を読みながら思った。
(実際、そのような悠長なことではないだろうが、自分から切り出せば、
家族が気を使わずにすむだろうしね。)


嫁いだ先のReo家では、姑は、若いときに癌を患った経験があり、舅は、6年前くらいに
癌が見つかり、難しい場所で、完全に切除しきれぬまま、いつかは再発する覚悟で
進行を抑える状態だったにもかかわらず、その間5年、再発して余命宣告が出た場合の事は、
夫婦間で一切話されなかったらしい。
再発なんて不吉な事考えたくもないというのが本音だろうが、それは、家族想いなのでも
本人のことを思ってでもなく単なる現実逃避だと思う。
一度患ったからこそ
家族のためにも、本人のためにも、酷なように思えるこのような事を話し合って
おくべきだったんじゃなかろうかと私は思う。

だから、その時になって告知するかしないかで、オロオロになった。
義理弟が、告知は可哀相だから、やめたほうがいいと言っていた。
可哀相・・・・
時間は限られている。何も知らないで、いつも通りのんでんだらりんと生活を送る。
告知は本当に可哀相なのだろうか。
誰が可哀相?父が苦悩してしまうのを見る自分が辛くて可哀相?

「がんばらない」にも書いてあった。
「告知を隠すと、看ている家族が隠す事に疲れてしまう。」と。
本当にその通りだと思った。
確かに、受けた本人は、どんなにか辛いだろうし、怖いだろう。
荒れたり、苦しんだり・・・でも、辛くても家族にそれをバックアップしよう
という覚悟があれば、隠し事がないだけ、本人も家族も変な気遣いもなく
本音でぶつかる事ができると思う。

Reo家のように、本人だけが知らないでいると、最初の頃多少のイタズラには、目をつぶっていたが、
それをいいことにイタズラがエスカレートしていって、Reoが耐え切れなくなった頃、
本人が自分の病状に気付いて「最後くらい俺の好きにさせてくれ」と涙ながらに訴えた話を聞いても
「これまでも好き放題してきたのにこれ以上何を・・・」という感じにならずにすむ。

今まで大きな病気などしたこともなく、そのような話をする機会がなかったとしたら、
本人に告知するかどうかの決定権は、一番面倒を看るであろう者が覚悟を決めて
責任を持って決めるのが一番いいと思うし、どう転ぼうと、看ることの少ない外野は、
口出し無用で、看ている者と本人を無条件にバックアップしていくのがいいと思う。


とにもかくにも、もしもの時に、余命を本人に話すかどうかということは、
元気な内に一度は話しておくのがいいと思う。
告知して欲しい人に、本人の意思に関係なく可哀相だという理由で、
家族が勝手に話さないのこそ、本人があまりに可哀相過ぎるし、
告知して欲しくない人に、せまりくる死という物をまざまざと
見せ付ける事をしなくてすむだろうから。

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【 2006/05/26 16:09 】

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今度は何を?
フロ覗き形跡あり。
及び、一昨日から3日間、毎日脱衣場覗きあるいは侵入形跡あり。

脱衣場といえば、部品をなくされたり、浴室用強力ハイターを振り掛けられて、
お気に入りの洋服が、何着も変なマダラ模様にされる結果となった洗濯機がある場所だ。
フロ掃除も、洗濯も、毎日ちゃんとしているのに、私がいない間に
毎日毎日侵入、あるいは、覗き見して何を調べているのだろうか。

嫁(鬼)の居ぬ間の新しいイタズラの方法か?
それとも、嫁の目を盗んでイタズラできそうな場所を探しているのか?

まさか・・・下着とか覗いてたりしないだろうな・・・

llllll(- _ -;)llllll

(-_-;)(;-_-)

・・・・・・


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【 2006/05/25 15:37 】

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報われない同居嫁
昨日に引き続き「がんばらない」中にあった痴呆症の姑の面倒を最後まで看た嫁の話。
徘徊などで、行方不明になった姑を何度も必死で探し回ったりして、疲れたお嫁さんが、
家中の鍵をかけ、姑と二人部屋の片隅にいた。
追詰められたお嫁さんの様子に白ヒゲ先生は、精神科のドクターに
ヘルプを出したこともあるとか。
度重なる気苦労のために胃潰瘍にまでなったのは、私の実の母と同じで、読みながら
オーバーラップしてやりきれない気持ちになった。
しかし、そこまで献身的に面倒を看ていても、小姑は冷たい。
痴呆の姑が、嫁に行った実の娘に「私は、ご飯を食べさせてもらえない」といったため、
嫁は、小姑からかなりキツイ嫌味を言われる。

私の実の祖母が痴呆症だったからわかるが、痴呆の老人は、おおよそまともな事を
言わないし、普通の人から見れば、不可解な行動をする。
彼らは、空想という宇宙空間の中で生きている。
年を取ると赤ちゃんに返るというが、私は、実際目にしてそうではないと思った。
赤ちゃんに返るのではない。宇宙へ帰還するための準備をしているかのようだった。
そんな者のいう事を、まともに受けていては、家で介護している人の恩を
仇で返すようなものだ。
本当にご飯を食べさせないような扱いをしているとすれば、体は痩せ細っているだろうし、
嫁の人柄がそういう人なら、そんな七面倒くさい事をせずに、姑の意思も関係なく
さっさとホームなり、その手の施設に預けている事だろう。
少し考えればわかること。それなのに、こういう口だけ偉そうに出す人は、
おおよそ介護という物に程遠い、絶対安全な場所から、介護をしている者に対して
このような口を出すというのがほとんどだと思う。

私の友人にも実の祖母の介護をしている人がいたが、いつも明るく元気だった彼女が、
げんなりとし、目の下にクマまで作って懸命に介護にあたっていたのに、一緒の散歩中、
ちょっと目を放したスキにおばあちゃんが転んでしまって、軽い怪我を負ったときも
「ついていながら、怪我をさせた」とおばあちゃんの姉妹たちがよって
たかって彼女を責めたと言う。
彼女は「もう、嫌だ。私が悪かったのかな・・」と泣きながら訴えていた。

せっかく献身的な介護をしていても、これでは、やる気をなくさせるどころか、
介護者の精神をも蝕んで、病気にしてしまうだろう。
やらないのではない。目の下にクマを作るほど精一杯やっているのに
責められるのだから。

懸命に介護をしていた私の実の母は、祖母が亡くなった後もいろいろ小姑達に言われたが、
その言葉がいかに人任せで無責任な言葉であるかは、私にはよくわかっていたし、
だから、姉妹で、小姑達に応戦した。

「がんばらない」の中のお嫁さんは、姑がなくなった場で、先生から「よくがんばって、ちゃんと最後までよく面倒を看たね。」とねぎらいの言葉をもらった。

友人は、友達に聞いてもらう事で、彼女がよくやっていること。言った人たちの
言葉が、他人任せな無責任な言動であったことを彼女なりに納得し、これからも
おばあちゃんを看続ける決意をしたようだった。

そんな風に理解者がいれば、介護にあたる同居嫁は、少しは報われるのかもしれない。
だがしかし、報われない同居嫁は、献身的な介護の中で、身体を壊し、精神を病み、
ボロボロになっていくんだろうなと思う。
絶対安全な外野席に座っている方たちの心無い言葉に傷つきながら。


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【 2006/05/22 21:23 】

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終わってるなぁ
ちょっと前に「世界一受けたい授業」に出演されていたDr.白ヒゲ先生こと鎌田院長の著書
『がんばらない』を図書館で入手。読んでみた。

この本には、主に余命宣告を受けると言う大きな病気を抱えながらも、相手を思いやり
思いやられ、残りの人生を前向きに輝かしく生きようとする患者さんの魂と、それを支える
配偶者や、家族の温かさや、先生の医療に対する考え方などが記されていた。
患者さんの生き様や、それをささえる家族の温かさ、一生懸命支えている
人に向けられた外野からの心無い言葉・・
私の中で、本当にいろんな想いが重なって、読んでいて、涙する箇所もあった。

『がんばらない』の中に以前記事に載せた、白血病で余命宣告を受けた老夫婦の話も載っていた。
余命宣告を受けたのを知らないおばーちゃん、おじーちゃんが退院してきて、
おじいちゃんを安心させようと、今までおじーちゃんがしていた野良仕事をするために
いつも出かけていった話。
後になって、仲良くなった先生に「なぜ、余命のことをしらせてくれなかったのか。
私は、本当は野良仕事なんかどうでもよかった。知っていたら、一緒におじーちゃんの布団に
入って、手を握っていろんな話をしたかった。私は、知らずに、じーちゃんを
ひとりぼっちにさせてしまった。」というおばーちゃんの言葉は、なんとも切なく思えた。

家も余命告知されて・・・本人には知らされず、家族のみに知らされた。
それまで一緒の部屋で眠っていたのに、退院してきた舅の意向で
退院後は、別々の部屋で眠るようになった。
「退院したらずっと一緒に」と涙ながらに語っていた姑は、たった一ヶ月で
「ストレス溜まるし、家に一緒にいたってしょうがないから」と趣味や仕事を再開させ、
じーちゃんひとりぼっちだらけ状態。(舅も、その方がいいのかどうかは、わからないが)

もしも、あの時本人に告知されていたら・・・
いや、選ばれなかった選択肢をあれこれ詮索するのはやめよう。

夫婦の形もいろいろだけど・・・
はぁ・・・ため息一つ
終わってるなぁと、正直、思った。


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【 2006/05/21 21:28 】

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バラの花による愛情比較
母の日が過ぎるこの時期になると、毎年目に付く二つのミニバラ。

何年か前の母の日。
私は、姑にミニバラの鉢植えセットをプレゼントした。
義理弟のお嫁さんも毎年母の日はお花をプレゼントしているようで、
その年は、偶然にも花の種類が重なってしまった。
色は違うが、同じミニバラのセットだった。

その翌年の事だ。姑が、二つのバラを比較しながらこう言った。
「私は、バラを育てるのが苦手なんだけれども、○○(義理弟)の
ところから貰ったバラは、こんなに綺麗な花をつけたのよ。(はぁと)
Reoさんからもらった物は、ちょっと枯れたようになってるの。
きっと、嫁の私に対する愛情の深さに比例するのね」



はぁっ?


と私は思った。


全く、この宇宙人は、

どこまでも

本当の事が分からないらしい



いいですか、地球では、プレゼントを贈るということは、
古臭いですが、カッター入りの手紙とか、ハイター入りのお茶とか、
嫌がらせのカードとか、そんな悪意のこもった贈り物ではない限り、
例えば母の日なら、どのお花がいいかなぁとか、毎年送ったお花が
ダブらないようにと、それなりに配慮して、相手のことを考えた上で
贈り物を贈るのです。


しいていうならば、私は、母の日と同じ月にある、あなたの誕生日と
舅の誕生日、その翌月の父の日の贈り物をそれぞれ
別々に用意して贈っていたため、母の日と父の日の二回のみ贈り物を届けてくれる
義理弟夫婦の物より予算的には、もしかしたら安かったかもしれません。
しかし、そんなことで、愛情比較されるのでしたら、贈る気持ちではなく、
「金出しゃいいんかい」という話になりますよ。
それに、よく考えればわかること。同じ種類のお花なんですよ。
私には、値段的にもそんなに違いはなかったかと思われます。

それにですよ。
お花という物は、それを育てる者の花への愛情に比例して、花を咲かせるもの。
植物は、生き物です。子供を育てるように日当たりや、肥料の分量や水の具合、
害虫駆除など、そんなことに気を使って育てていれば、
植物はそれに応えるように綺麗に花を咲かせるでしょうし、
その逆ならば、枯れてしまったり、みすぼらしい花を咲かせる事になるでしょう。
天候その他の条件が、たまたま悪かったという理由ならば植物全体が
駄目になることもあるでしょうが。
実際、植物を枯らすことで有名だったこの私が、実の母から貰ったサギ草と、
娘から貰ったミニバラだけは絶対枯らすまいと大切に育てた結果、
一鉢だったサギ草が、6年かけて4鉢にまで増えましたし、
娘から貰ったミニバラは、挿し芽をして増やし、2年たったいまでも、
その全てが綺麗に花を咲かせてくれています。

とにかく、そのお花のうち、私が贈った方だけが枯れたようになっていたり
みすぼらしい花しか咲かせないようなら、それは、あなたが
私より、義理弟の嫁のほうに愛情があることの紛れもない証拠になる
のではないでしょうか?


花が咲かないのは、贈った側の責任?

やっぱりここでも、

責任を他者へなすりつけるのですね。



今年も玄関の真ん中で花をつける義理弟夫婦のミニバラ。
そして、私の贈った物はというと・・・

ずーっとはしっこの、あまり日が当たらなさそうな場所で(=_=)
みすぼらしいながらも、けなげに花を咲かせようとしている。
頑張れ私!!
負けるな私!!


こんなことがあっても、毎年母の日のプレゼントを贈り続けている
お人好しな私に乾杯!(TーT*)/C□


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【 2006/05/18 21:42 】

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ダンナと息子の扱い方
姑の言葉の中で、一番腹がたって、私の中で治まり切らなくなって
暴走しているのが、
「自分のダンナのことくらい、自分で見ないでどうするの、なっさけない!!」
という言葉だ。

実家の母のように、自分の体を壊してまでも、舅や姑の介護をしてきた
ような人が言うなら、説得力もある。
この言葉を姑から言われて、聞いた当時、私は素直に、
「そうだよな。自分のダンナだもの、自分でなんとかしなくちゃいけないのは
当然だよな。おっしゃるとおりだ」と素直に思った。
(私が言っても柳に風状態だから、親である姑に、ガツンと叱って欲しかった
というのが本音であったが。)
「子離れしている親」らしい答えだとも思っていた。

その頃の私は、姑が、ちゃんと舅の舵をとって、舅の事を見ているのだと思っていた。
だから、その言葉を素直に受け取る事ができたのだと思う。

しかし、それは違っていた。
ただ、自分たちの好き放題していただけ。
そして、実は、面倒から逃れたいだけだったというのが明らかになった。
そのとたん、怒りに変ったのだ。

何度も書いているが、姑は、入退院を繰り返していた夫が、再び
「救急車を呼んでくれ」と言っている横で
「私、今から仕事なのよねぇ」と言ってのけたり、
余命宣告を受けた時も、「家族会議を開く」と言っては、
子供達の仕事の都合を優先させ、
「退院したら、ずっとお父さんと一緒にいてあげるの」
といっておきながら、たった一ヶ月で、「ストレス溜まるし、
一緒に家にいてもしょうがない」と早々に趣味を再開させたり、
その後も、趣味の回数も幅も広げて、あげく、仕事まで再開させたりと
舅の面倒とは、おおよそ程遠い生活をしていた。


「自分のダンナのことぐらい

自分でみないでどうするの!!なっさけない」

じゃなかったのか?



嫁には、吐き捨てるように、こんな事をいっておいて、
姑のダンナである舅はというと、おおよそこのように扱われている。
そして、子離れしていると豪語していたのに、息子には、
霧雨程度でも、「今日は、雨だわぁ~♪」と言って、
車で駅まで送ってあげるというような扱いだ。(毎雨ごとに朝からキモイ)

もし、姑の息子である私の夫が、舅と同じ病になり、余命宣告を受けたとして、
私が今の姑と同じような態度をダンナにとった上で、
「冷たいわけじゃないのよ。ベタベタした愛情ではなく、あっさりした愛情なの~♪」
と姑と同じように姑お得意のセリフを決めたら、姑はどう思うのだろうか。

私に「なっさけない」と吐き捨てた姑。
自分のダンナの面倒を自分でどう見ていくのか。
また、姑を含め、家の者が病気になったとき、その病人をどう扱えばいいのか
嫁として今後もじっくりと拝見させていただく事にいたしましょう。


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【 2006/05/17 14:54 】

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言葉の重み
私の実の母、彼女も長男の嫁だ。
旧家な上に祖父母と同居。
母の苦労は、聞いていて、よくそれで離婚しなかったなぁと
感心してしまうほどのものだ。

私の実の父は、11人兄弟の4番目の長男。待望の男の子だったため、
大変大切に育てられたようだ。(^-^;A
父の兄弟は、11人の内、男の子は、たったの3人。女系家庭だった。
兄弟の内、女性一人は、早くに他界してしまったらしいが、
7人の小姑がいたことになる。(あぁ怖ろしいllllll(- _ -;)llllll)
内3名は、嫁に行っていたようだが、いずれも徒歩でいけるくらいの距離に
住んでいた。

私が、父の兄弟たちを嫌い始めたのは、小学4年の頃だった。
7人の小姑衆たちは、お盆などに集まりだすと、本家にいる子供達を
引き合いに、特に私を比較対照とし、馬鹿にしながら、我が子自慢に花を咲かせた。
何も言わない父や、母が歯がゆかったが、ケラケラと笑いながら、
そんな話に花を咲かせる親戚連中が嫌いだった。
(あぁ・・なんだか、誰かと似ているような・・・(-。-) ぼそっ)

二階で、みんなで宴会をしている中、母だけポツリと一階の台所に立ち、
食事の準備や、後片付けをしていたのを覚えている。
あの時は、なぜ母が親戚達に混じって話をしないのか不思議だったが、
私が、この家のことで、愚痴った時にポツリとこんなことを言った。

「わかる。昔、お母さんもそう思ってたよ。なんだかんだ言って、
所詮私は部外者なんだなって。」

舅である祖父にきついことを言われたこと。姑にもいろいろ言われたに
違いない。
小姑達は、来るたび、自分たちは何もしないくせに母に何か言っていたような気がする。

苦労に苦労を重ねた。それでも、別れず、家を飛び出さず、頑張ってきたのは
子供達のためだと言う・・・。

舅、姑の晩年は、店をきりもりしながらも、自宅介護に懸命だった。
ストレス性胃潰瘍になり、血圧はあがり、目はうつろながらも
懸命に頑張っていた。
祖父は寝たきりだった。姑(私の祖母)は、80近いおばあちゃんだったため、力仕事は無理だ。オムツがえや、床ずれを防ぐために
体の向きを代えたり、身体を拭くのは母の仕事だった。
ただ、祖母は、いつもおじいちゃんと一緒にいた気がする。
時には散歩に出たり、店番をしたりしていたが。

祖父は92歳で亡くなった。
祖父がなくなる数年前から、祖母の痴呆が始まった。
最初の頃は、何かおかしなことをやっているという自覚があった祖母。
「まだ長生きしたいなぁー」という祖父に対して
「ボケて、みんなに迷惑かけてまで、長生きしたくない」と祖母は返した。

数年たって祖父が亡くなり、祖母の痴呆の症状が加速していった。
失禁、昼夜問わずの徘徊、意味不明な言動・・・・
その介護も全て母がやってのけた。
お店の事もあっただろうに・・・自分の身体の限界を超えてまでも
母は頑張っていた。

そんな母を私は尊敬している。

が、しかし、小姑達は、まだ母を責める。
「最初に出た時にすぐに病院に連れて行けば、おばあちゃんは、
こんな痴呆にはならなかったはずだ」とか・・・
自分たちは、面倒を少しも見ないで、たまにちらっと顔を出して、
ニコニコわらって、いい人を気取って帰っていくのに、口だけは出す。

祖父がなくなったときも、そうだった。
祖母の年も年だし、痴呆も始まっているので、介護は、ほとんど母がやり、
自分たちは本当に、たまにちらっと顔を出して、お話しただけなのに
悲劇のヒロイン、ヒーローを気取った後で、遺産の話で大モメ。

何だこいつら!!と当時、思った。

二人の介護から開放されるまで、母は、何年かかったろう。
どんなにか辛い想いをしただろう。
身体を壊して懸命にやっても、責められる・・・
どんなにか悔しかっただろうと思う。

そんな事を経験した、長男の嫁としての母の言葉は、とても重みがある。


例えばReo家の姑が、お得意な
「なっさけない」という言葉も、母から実際に言われた事はないが、
もしも母に言われるとしたら、ずしりと重いだろうし、
それだけのことをしてきたのだから、していない人に向かって
情けないというだけの資格は十二分に持ち合わせていると思う。
自分の事は大棚に上げて言ってる言葉では決してないのだ。


母の言葉にこんなのがあった。
「病気は、家族を変えてしまう。」

母自身が経験を通して見出した答えなのだろう。


家族の誰かが、大変なこと(病気や怪我)になった時、
表面の奇麗事に隠された、その家族の本当の姿が浮き彫りになるというふうに
私には思えてならない。
「変えてしまう」のではなく、家族の絆、愛情、そういった本来の姿が、
裸状態になり、浮き彫りになるのだろう。


本題から外れてしまったが、している事を、ちゃんとしている人や、
有言実行を当たり前のようにしている人の言葉は、ずしりと重い。
その人の人生その物が、言葉になって解き放たれているように。


しかし、現実のほとんどは、
「してない人ほど、口を出す」状態なのだと思う。
まるで、母を取り囲んでいた小姑たちや、Reo家の姑のように。


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テーマ:嫁・姑の戦い*嫁姑問題 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/16 22:48 】

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ホームとアウェイ
GWに実家に帰省して、しみじみと思ったことがある。
ここは、なんと居心地のいい場所であろうかと。

親も、姉兄も、甥や、姪も、全てが愛しく、何の気兼ねもなく
話し合ったり、笑いあったり、時には、昔を思い出して、あんなこともあった、
こんなこともあった、あの物はどこにいったかな?あれは、どうだったっけ
など、共通の話題で、最高に盛り上がれる。

そこは、まさに私にとってのホームグラウンド。
例えば、愚痴や弱音をこぼすと、手厳しい指摘も受けるが、
その中に潜む愛情も受けてとれる。
我が子だからこそ、実の姉兄だからこその親身になってのアドバイスや、
さりげない励ましなど・・・
血縁者ではあるが、一人一人の人間、考え方や、価値観に違いがあるけれど、
根底にあるものというのは、繋がっているのだろうなと感じる。

GWが終り、ここへ戻ってくる途中、高速を下りたとたんにキリキリとした
胃の痛みを感じたと同時に強く感じた。
ここは、私にとって完全なるアウェイの土地(家)なのだと。

家族同士の愛情や、いたわりがなされず、それぞれが、自分を正当化し、
面倒事は、他人に押し付ける。それでいて、その事に感謝することもなく
まるで、当たり前であるかのように、時には、文句まで言われる。
こちらが拒否反応を示そうが何しようが、そんなもん知ったこっちゃないと
言わんばかりに、したい放題やり放題する。

完全なるアウェイの地(血)。

普段からホームで、のうのうと過ごしている・・・いや、今まで
自分たちの好きなように過ごしてきた、アウェイの人々には、
アウェイの地で、毎日を過ごす私の苦悩など、わかるはずもないだろう。

舅の母親が、病気の時、舅の母親と同居していた義理の姉のことを
病院に見舞いにも行かないのよとけなしていた姑。
その舅の母親を、たった一週間病院で面倒を見ただけで、一生分面倒を見た気になって
義理姉を悪く言う姑。
ホームで、のうのうと過ごしているあなたには、
アウェイで過ごし続けたそれまでのおばさん(姑の義理姉)の苦労など
微塵もわからないだろう。
それよりも、亡くなった舅の母親が、舅をほったらかしにして仕事と
趣味に夢中な今のあなた達の関係を見たらどう思うだろうかね。
そして、あなたがやっていることは、義理姉とそんなに変らないんじゃないの?と思う。
でも、きっと、本人は、精一杯面倒を見てるつもりになっているのだろう。


どうしても染まりたくないアウェイの血。

ホームの温かさを胸に生きていこう。


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【 2006/05/15 22:05 】

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仕える?
同居する嫁において、時々耳にする言葉がある。
「何々家に仕える」とか、「おじいちゃんに仕えて」とか
「おばあちゃんに仕えて」とか。

今日、ふっと思った。
その「仕える」ってなんなのさと。

結婚して、その家に嫁に入る・・・
その内、同居している者だけが、その家に仕える・・・
「同居する結婚」=「その家の召使」あるいは、「その家の使用人になること」
なのか?

私は、この家の召使や、使用人になるために結婚したのではないぞ。
ましてや、ボランティアをするために、この家に入ったのでもないぞ。

仕えるために結婚するのではない。
誰しも、幸せになるために、幸せになりたくて結婚するのだ。
同居したら仕えなければならないなんて、絶対に変だって。


「家に仕える」、「ダンナの親に仕える」などという嫁の人権を放棄するような言葉は
この世から取っ払って欲しいものだ。


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【 2006/05/12 21:17 】

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何のための我慢?
今日もまた、お風呂掃除がしなおしてあった( ̄ー ̄)o゛プルプル
一体いつまで、私は、こんな状態に我慢しなければならないのだろう。
ダンナに話しても、「お前が無視して、我慢すればいい」という。
なぜ、姑にバトンタッチさせないのだろう。
ママ(姑)がかわいそうだから?


もう少しだから我慢?

一体何のための我慢なのさ


時々思う。
もうすぐこの世を去るだろう者。
その者のために、その者のしたいようにさせることは、家族にとっての
思いやり・・・
そのためなら、今・・これからを生き、子供達を見守り続ける者の
精神が病んでいっても、どうってことはないのだろうか。

その期間内に、私の精神が崩壊すれば、何のための我慢になる?

これから生きていく者の人権や、プライバシーを奪ってまで、
好き放題していいのだろうか?
ここまでされて、思いやりを持てだの、優しくしろだの、
受け入れられるわけがないだろう。
ましてや、それを一番に支えなければならない妻は、毎日出かけていないのだから。

誰のための我慢?
何のための我慢?

オマエらが少し我慢して

舅の面倒をちゃんと見ろよ!!



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【 2006/05/11 21:54 】

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星になった癒し
今日、午後6時28分。
ペットの・・いや、家族の一員であるハムスターが星になった。
娘の誕生日でお迎えしたハムスター
その時点で、1ヶ月くらいだったから、享年2歳9ヶ月。
寿命が短いといわれる中、長生きをしてくれたほうだと思う。

GW、こっちへ帰ってきてから、うずくまっているハムに、ちょっと
ビックリしたが、ダイスキなお薬をあげたら元気に回し車を回して
いたので、ちょっと安心していた。
それから、3日後。
子供達と私、揃った場所で、彼女は息を引き取った。

鳴きもせず、無心に回し車を回し、ご飯時になると、駆け寄ってきた。
名前を呼ぶと、のそのそ巣から出てきて、時には眠そうに、
時には目をくりくりさせて「何?」とでも言うように私を見つめていた。
「そう思うよねぇ」って、言葉も話さないハムスターに私はよく話しかけたり、
子供達の話題をふったりもした。
そのたび、キョトンとした顔をしていたっけ。

小さくて温かな身体、その愛くるしい顔つきとしぐさ、行動。
それらは全て、私の癒しだった。
見ているだけでウットリ・・ニコニコ微笑んでしまうくらいの・・・


温度調節、病気や、いつものお世話などをいろいろする私に
姑や、夫は、「たかがネズミ一匹に」という言い方をいつもしていたし、
姑は、「焼いて食っちまえ」などとも言っていたし、
夫は、病気の面倒見るより新しいのを買ったほうが安いとも言っていた。

そういう人たちがいない時に、彼女を本気で大切に思っている人だけに
見守られながら、彼女は逝った。まるで、時間を選んだかのように。
あなたがいなくなったのは、とても寂しくて、悲しいけれど、
あなたを独りぼっちで逝かせなかった事と、最後まで、子供達と
あなたの看病をできたのがせめてもの心の救いです。

2年9ヶ月。短くて長い、長くて短い時間、沢山の思い出と癒しをありがとう。
1年半の間、腫瘍を抱えながらよく頑張ったね。
安らかに眠ってください。

いつまでも大好きだよ。
天国で幸せにね。

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【 2006/05/09 22:00 】

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白アリ
家には白アリがいる。
所構わず、勝手に壁に穴をあけたり、家具を切ったりする白アリがいる。
このアリは、意思を持ちあわせ、都合が悪くなると、お涙頂戴で
自分の意思を突き通す大変やっかいな白アリだ。

GWの実家帰省。
その間、特に大きな変化は見られなかったので、
ホッと胸をなでおろしていたが、子供部屋に入って呆れてしまった。


また壁に穴が一つ増えている!!


私が、小さな穴ですむようにと、画びょうで紐を調節していたのに
わざわざ画びょうの位置までずらして

またお決まりのネジクギで


紐をくくりつけている。



こん畜生め!!

どこまで性悪なのさ!!



白アリ駆除の依頼をしても、なんだかんだとうまい理由をつけて、
あげく自分の方がストレスが溜まるからと言ってでかけてしまう、
こちらも詐欺師


あぁ・・また胃が痛くなってきた・・・


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【 2006/05/08 20:44 】

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実家療養
GWも今日で終り。
3日から実家で過ごした。
どことなくホッとした感じではあったが、今ひとつ憂いが取れないままだった。
久々という事もあって、姉も呼んで、実の家族と姉兄との食事。
去年の夏は、尖っていた兄貴。
いつも夕飯時にはいなかったが、今回は、ずっと夕食を共にした。
兄が飛ばす皮肉交じりの軽快なギャグは、食卓に笑いを呼び
実の親子でそろって笑う。
なんだかいいなぁ~って。
こんな楽しい感覚は久しぶりだなぁと感じた。

姉や、母に普段の愚痴をこぼす。
私の体調が、最近あまりよくない事も含めて。
しかし、ダンナが一緒のこともあって、思うようには愚痴れなかった(T^T)
もっともっと、沢山、話したいことがあったんだけどな。

いろいろイベントを楽しんだけれど、どこか鬱っているような気分から
抜け出せない。
体調は幾分かよかったが、快調とまでは最後までいかなかった。
どことなくけだるさが残る。
実家家族がみんな、よくしてくれて嬉しかった。

実家療養のGWはあっという間に過ぎて、家路につく。
高速を下りた直後に、胃の痛みと、わけのない不安感、嫌悪感、
重圧感が襲ってくる。
絡み合った糸が、少しほぐれたそんな感じが、あっというまに
ガチガチに固まってしまったような感覚。
ここまでくると、本当に精神的に参っているんだなぁと思い知らされる。
帰ってきて、住居エリアは、さほどいじくった形跡はないようで、
ホッとはしたが、どことなくすっきりせず気分は、深い谷底へ沈んだまま・・・

現実世界へ引き戻された。そんな感覚だ。
体調も、すこしよくなりかけたと思われたが、出かける前の体調に
戻ってしまった。

このトンネルから、いつ抜け出すことができるのだろう・・・

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【 2006/05/07 20:56 】

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GWの恐怖
私は、明日からGWだ。正確に言えば、仕事が終わった今日の昼過ぎから
GWに入った。
子供達が学校から帰ってきたら、すぐに私の実家に行くことになっている。
私の実家は、関東からは程遠い北陸にある。
車をぶっ飛ばせば、4時間半ほどでつくであろうか。
今年はGWの連休を私の実家で過ごす・・・

ということは、どういうことか。
4日もこの家を空けるということだ。
こんな長い間あけるとなると、舅はところかまわず、
いじり放題、覗き放題、掃除しなおし放題となる。

あるときは、洗濯機の部品をなくされ、自分じゃないとシラをきり。
あるときは、私達の部屋に無断でクーラーをつけるのに、
邪魔だからと言う理由でこれまた無断で本だなをノコギリで切られ。
あるときは、納戸に片付けておいた物を、勝手に捨てられ。
あるときは、壁にドリルで穴を開けて変なものをつけられ。
あるときは、洗濯機をカビハイターされ、服が台無しになり。
あるときは、洗濯機のホースがちゃんと取り付けてなくて洗濯後水浸し状態になり。
あるときは・・・・あげていたらきりがない<(T◇T)>わぁああああ!


思い返せば、旅行に行って、帰った後に「あぁ・・楽しかった」と
心から笑ったり、思えたりしたことは、結婚してから一度もない。
旅行している間も、部屋がどうなっているか気が気でないし、
帰って部屋を開けると、侵入し、弄られたり捨てられたりした形跡を
目の当たりにし、恐怖心や、怒りや、鬱々とした気分になるからだ。

GWの惨劇。
帰ってきたら、また私の精神状態は、帰ったその瞬間からボロボロに
なっていくのだろう。

テーマ:同居のくらし - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/02 14:56 】

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別角度
今日も侵入形跡あり。
舅の覗き、侵入癖は、きっとその時が来るまで続くのだろう。

土曜日に友人二人と三人で飲みに行った。
最初は他愛もない話をしていたのだが、途中から私の日々の生活の
ことになった。
もともと、その事を知っている人だったので、いろいろアドバイス?
を貰ったが、別角度から見た答えに、私はもんもんとしてしまった。


古い言い方かもしれないけれど、同居を選んだんだから、
そっち(私)が嫁いだ家に合わせる(舅の面倒を看る)のが道理なんじゃないの?

とか


姑さんが、そうやって好き勝手して舅を見ないで侵入されるのが嫌なら、
Reoが仕事を辞めればいいんじゃないの?


とか


その家を出るとかいう頭があるのなら、もう何されたっていいじゃない。
どうせ出るんだから、何されようが関係ないんじゃない?


とか・・・


確かにそうでしょう。
おっしゃるとおりです。という感じだけれど、私の中ではどうにも
腑に落ちなかった。


昔、私に姑が言ってたっけ。
「家は、旧家じゃないから、堅苦しい事はなにもないのよ。
条件よくてよかったわね」


そんな条件のいい家とやらに嫁いできたはずなのに
なぜ、今更、合わせなければいけないのだろう。

とか

幼稚園の行事や都合などで忙しくして、仕事はしたいが、
パートもやっていないときに

「Reoさんは仕事するって口だけで、

やらないからねぇ」


などと言われたのに、なぜ、私がやっと見つけた仕事を、姑の肩代わりに
辞めなければならないのだろうか

とか


このまま続けば精神状態が持たなくなり、別居の方向で話を進めたと
しても、夫は親サイドにつくことが確実で、そうなれば当然、離婚で。
もしそうなるとしても、私がこの家にいる間、何をされてもいいなんて
どうやったって思えない。
家にドリルで穴をあけたり、家具をノコギリで切られたり、変なシール
はられたり、物が捨てられたり・・・耐えられない。


そんな話をしたらば、友人は、
「じゃぁ、Reoの私物を私の家に預けてよ。私見ないから。」と言ってくれたが、
そんなことをしたら、全家具をその人の家に運ばなければいけなくなるのだよ・・


別角度からの意見は、私を案じてかけてくれた意見だろう。
この家で、うまくやっていくための道しるべ的意味合いが
こめられていたのだろう。
助言をしてくれた友人も、ダンナの両親と同居をしているのだから。

しかし、どの意見も、自分の中では、ただただ苦しいだけの・・・
頑張って頑張って頑張りつめて追詰められた上にまだ「頑張れ」とか
「頑張りが足りない」と言われているような感覚に私の中では
移って、結構もんもんとしてしまった。


適当に流せばいい。
簡単に言うけれど、流せる度合いを超えてしまっている。
きっと、この家の嫁が私でなければ、うまく流せるのであろう。
しかし、

私には絶対に無理だ

この家の問題は、自分自身で、この重く苦しい感情からの出口を
見つけ出さなければいけないのだろう。

別角度、別視線からの答え。
厳しいものだったけどありがとう。
私は私の角度からの答えを出そう。
これは、私自身の問題なのだから。

テーマ:家庭内事情 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/01 15:31 】

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