FC2ブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【 --/--/-- --:-- 】

| スポンサー広告 |
現実逃避
舅が入院した翌日。
早速、愚痴から始まる。

顔を合わせればムスっとした夫といるとイライラが募るとか、
あんなとこ(病院)に付きっ切りで24時間もいられないとか
あげく、「私、頭が少しおかしくなってきているのよ。」とまで
言い出した。
おそらく、精神的に参っているのよという意味だと思うが・・・


「自分のダンナの事くらい

自分で見なくてどうするの。

なっさけない」


「仕事する気があるって、Reoさんは

口だけだから」




私の耳には、姑が私に対して吐き捨てるように言った言葉が今でも
はっきりと残っている。


「お父さんが退院したら、

付きっ切りでずっとそばにいてあげるの」



ホロホロと涙を流しながら、同情を誘うようにそう言っていた姿も
はっきりと目に焼きついている。


寝たきりの老人の介護が終わったと思ったら、
今度は痴呆症の老人を介護が待っていて、目はうつろになって血走り、
いかにも血圧が高そうな・・今にも倒れそうなになりながらも、
愚痴一つ言わず、献身的に介護を続けた実家の母。
おそらく、精神の一つや二つは病んでいただろうに、頑張り続けた実家母。
そんな姿を知っているから、姑の「私、頭がおかしくなっている」発言には
正直カチンときてしまった。


私は、かつて、あなたのその言動の無責任さに精神を病みました。
震えが止まらず、頭痛も続き、吐き気もしたし、子供が帰って来るまで
家に帰るのが嫌でした。

それでも、精神を病んでいるなどと、一言も言わず耐えました。
それは何故だかわかりますか?
弱音を吐けば、「そんなことくらいで、なっさけない」
あなたは、吐き捨てるように言ってましたから。
それに私の事を口だけ女扱いもしてましたし。
人にそれだけの事を言ってきたのだから、自分はさぞかし、
ちゃんとやるのだろうと思ったら・・・
もう「頭がおかしくなってきた」と言うんですか?

なんでしょうそれ。自分には、甘々なんですね。
放たれた言葉に、苦しんだ私は一体何だったんでしょう。
正直、やりきれない気持ちになりました。


「頭がおかしくなってきたら、スイミングで気晴らしに行ってくるわね。」

それって・・・一体・・・(ため息ひとつ)
単なる現実逃避とちゃいまっか?


「緩和ケア病棟に入ったら付きっ切りで・・・」
それもどこかで聞いたようなセリフだ・・・(- .-)ヾ ポリポリ



この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

スポンサーサイト

テーマ:呟き - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/29 22:06 】

| | コメント(0) | トラックバック(0) |
パニクってても損得勘定はしっかりと
先日、舅が高熱を出し、再び入院となった。

夏ごろ吐いて入院した時、
一旦は退院させるが、どれくらい持つかはわからない。
今度入院する事になったらもう家には帰れないだろう
というという事だった。
夏を無事越せるかと言われていたが、夏を無事越し、
秋めいてきた先日の早朝。

ドアのノック。
「お父さんが、ガタガタ震えちゃって、震えが止まらないって言うの。
病院の事だけど、車で送るより、救急車の方が急患扱いで
早く看て貰えるのよ。どうしよう。」姑がそう話した。

その後、「どうしよう。どうしよう。」と繰り返すので、
よほどパニくっているのだろうと思い、
「私が救急車呼びましょうか。震えが止まらないっていうことは、
熱ですかね?」
救急車を呼ぶ時に、舅の様態を少しでも詳しく伝えられればと思い、
こう聞いたら、「そうなのかしら。熱は測ってなかったわ。」という答え。

震え=熱から来る悪寒

大体、こういう事はパッと頭に浮かぶものだが、それさえも浮かばないという事は
よほどパニックになっているのだろうと思い、姑の返事を待つ。

やはり熱があった。39度。高熱ではないか。
「救急車を・・」と思ったら、


でも、救急車にすると、

私の帰りが大変なのよね。



( ・◇・;)は?


人間、大変な事が起るほど、表面のメッキが剥がれて本性が浮き彫りになるという・・
今まで何度も経験し、体験してきた事。そしてここでも・・・

パニくっていても、そういう自分にとっての損得勘定や好都合不都合勘定は、
すごく冴えているらしい・・・
なんだか・・・(;-_-;) ウーム



「39度も熱があるし、急患扱いですぐに診てもらったほうがいいのではないでしょうか・・・」

という私の問いに対して

「でも、今度入院したらお父さん、もう帰って来れないから。」

の答え。


この辺は、もう価値観のズレとしかいいようがない。
例えば、体中に管を通して生命維持装置で、少しでも長く生かそうとするか、
そんな痛い想いをさせてまで、生きながらえさせるのは、忍びないと思うかという違い。

舅の熱のしんどさと震え、本人の病状の不安もあるだろうからというのが
私の想いだったが、姑としては、1分、1秒でも長くこの家にいさせて
あげたいという想いがあったのだろう。

結局、熱が上がりきったのだろうか、震えが治まってきたからという
理由で、担当の先生が来る時間まで家で待機という結論に至った
ようだった。


震えがとまらないようなら、待たずに行った方がいいと思います。


舅の事は、私的には、余命宣告をされてから、何時何があっても
おかしくないという感覚があるから、一応私の考えも述べて、
その場はそれで終りとなった。

担当の先生が見える少し前の時間、丁度子供達が学校へ登校する時間に
「やっぱり、車で病院に行って来る」と舅と姑が下りてきた。
子供達を見送り、車の用意をしている姑。
玄関でポツリ舅が私に言った。

「もう力が入らないんだよなぁ。昨日の夜から調子が悪かったんだ。
急いで暖房をつけたりしたけど、駄目だった。」


なんだか、しんみりしていて、返す言葉が見つからなかった。
前の日から具合が悪かったんだ。

言えずにいたのか、言わずにいたのか。


ラブラブよぉ~とよく豪語していた姑。
二人の言動から私の目に映ったのは、ラブラブとは程遠い夫婦像だった。

この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

テーマ:呟き - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/28 22:30 】

| | コメント(0) | トラックバック(0) |
引っこ抜かれたサギ草
シラサギが飛び立つような形をした綺麗な白い花を咲かせるサギ草という山野草がある。
Reoの実家の母は、この山野草を育てるのが上手で、毎年夏に帰省すると
何鉢ものサギ草が大きな花芽をつけて飛び立てる日を待っている。

植物を枯らすことで有名だったReoが、その美しさに惹かれ、初めて育ててみたいと
思った植物だ。

その年(平成12年の夏)実家母から、「一番できのいい鉢のものをあげるね」と
12株花を付けたサギ草を貰った。
サギ草は、アサガオや、ひまわりなどの1年草と違い(種を残して、1年で枯れる)
年を越して、何年も楽しめる多年草だ。
翌年にあの綺麗な花の鳥が飛び立つのを見たくて、神経質とも思えるくらい
手塩に育てた結果、翌年球根が30個に増えた\(*^▽^*)/
植物を枯らすことで有名だったReoが、初めて枯らさずに育てる事ができた植物である。

その後、天候不順や、猛暑の影響で、株数は思うようには増えなかったが、
それでも順調に球根を増やし、今年は4鉢になった。

去年か一昨年、姑に「増えたら、株分けして私に頂戴ね」と言われていた。
4鉢まで増えたので、借りていた山野草の鉢を返す事もかねて、一番沢山花芽を
つけていたその鉢をサギ草をつけて返した。

そして、今日。
舅、姑が留守中に雨がポツリポツリと来たので、洗濯物を取り込んでいた時、
ふとサギ草の鉢が目に入った。

な・な・なんと!!
芽が半分くらいになっている!!|||||/( ̄ロ ̄;)\||||||| まじ~~?


サギ草は、地上部が完全に枯れてしまうまで、根の部分に栄養を送り、
根に球根をつけて増えていく植物だ。
姑がやったのか、舅がやったのか定かではないが、花が枯れたからと言って
引っこ抜いては、根がないために増えられない!!
何のためにここまで増やしたんだ!!こんちくしょ~!!


実家母から受け継ぎ手塩にかけ、愛情いっぱいに育てたサギ草・・・
欲しいと言っていたからあげたのに

こんな風にされてしまうとは!!

○Oo (9 ̄^ ̄)9 メラメラ



もう2度と、舅や姑のために株分けなんぞしないと心に誓うReoなのであった。

この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

テーマ:同居生活のボヤキ - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/19 21:28 】

| | コメント(2) | トラックバック(0) |
珈琲ぶれいく~お母さんのお腹にいたときのことを覚えていますか?篇~
少し前に、学校役員関係者との飲み会議があったんですが、
その時に聞いた不思議な話。

子供に「お母さんのお腹にいたときのことを覚えてる?」と聞いてみるのだそうです。
生まれたばかりの赤ちゃんは、抱っこされているお母さんの鼓動を聞くと
お腹の中にいた時のことを思い出して安心して泣き止むのだということが
言われていたり、胎教などといって生まれる前にゆったりとした気分でいたり、
いい音楽を聞かせるといいなどと言われていますよね。

これは、あながち嘘でもない・・というか、その飲み会議の時の話を聞いて
実は、とぉ~っても大切で、【あながち】などではなく、嘘ではない真(マコト)な
事なんだなぁと初めて確信を持ちました。

その飲み会議に出席していたお母さんの内、二人が
「お母さんのお腹にいたときのことを覚えている?」と
自分のお子さんに聞いた事があるそうで、
言葉をはっきり話せるくらいにまで成長していたにも関わらず、
はっきりと覚えていたそうなんです。

例1
あのね、僕、お母さんのお腹の中で、スイミングしてるみたいに
プカプカ浮いてたんだよぉ。それでね、生まれる前は、
お母さんが怖くて、あんまり出て行きたくなかったんだけど、
生まれたら、優しいお母さんだったからホッとしたよぉ!!



この時、確かにお母さんであるその方は、家庭の事情で、イライラすることが
かなり多かったらしいです。

た・・胎教って、本当に大事なんだ~( ̄ー ̄; ヒヤリ
お次は、もっとすごい例。

例2
僕さぁ、真暗なお腹の中で浮いて暇だったからさぁ、よく指しゃぶりしてたんだよね。
でさ、目の前にヒモ見たいのがぶら下がってたから、「これ何だろ」と思って、
ギュって握ってみたら苦しかったんだよねぇ。ビックリした。
(おそらく、へその緒だと思われ)
あとさ、先生にオチンチン見られるのが嫌で、外から僕を見る時に
わざと足で隠してたんだよね。
(ちょ・・超音波検診って、されてると中からわかるものなんですか?!( ̄Д ̄;) )
で、本当は出たくなかったんだけどさぁ、な~んか出てもいいかなぁと思って、
出てきたら光が眩しくて。それで、周りに沢山人がいた。
あとさ、お母さん、僕を歩かせる練習、おもしろがってたくさんしたでしょ。
しつこいな~って思ってたんだよね。



・・・
マジ?マジっすか?!!こんなに鮮明に覚えてるもんなんっすか?
確かに、生まれるまで、「この子は、いつも見えないから女だ」と
言われていたそうなんです。
で、生まれた時、グルッと周りを一周見渡してから母親を見てないたのだとか。
そして、確かに生まれたばかりの赤ん坊を縦に抱いたら、
歩くような足の動きをするのが面白くて、何度も何度もやったそうなんです。
聞いたお母さんも、そんな事を子供から指摘されてビツクリ( ・◇・;)
だったそうです。

その翌日。私も子供達に聞いてみました。
そしたら・・・・

覚えてな~い

(きっぱり。<( ̄^ ̄)>)



あ・・そ。
期待した私が馬鹿でした(爆)
覚えている子と、そうでない子がいるそうです。
3~4歳までなら確率が高いとか。
お子さんがいらっしゃる場合は、皆さんも聞いてみてはどうですか?

でも、その後の質問で、ちょっと不思議なことがあったんです。
それは、こちらから↓




この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

...続きを読む

テーマ:日記 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/13 15:09 】

| | コメント(0) | トラックバック(0) |
自由と放埓(ほうらつ)
自由と放埓というのは、似ているようで全然違う。

よく「家は自由にやってきたから」とか、「自由にさせている」とか
いう言葉を聞くが、そのほとんどが、「放埓」の意味であることが多い。

自由とは、それによって生じたいかなる事にも責任を持つ。その上で、
ある程度自分の好きにやるということであって、人に迷惑をかけ、
その上で出てきたトラブルや苦情などに責任をとることなく、あるいは、
責任逃れをなどをして好き放題やるというのは、放埓というそうだ。

ようは、同じ好き放題でも、責任を取るか取らないかという事の重さは
自由と放埓では全然違うということだろう。
起ったことに関して責任を取らないのであれば、自由ではないということだ。

よく子供のことに関して、責任をとれる年齢でもないのに、
ちゃんとした善悪のケジメも教えることなく、
「自由にさせている」というのは、ただの野放しと同じ。
姑などは、子育てにおいて放任主義だったときれいな言葉でまとめたりするが、
放任も、ある程度の分別や、責任能力がつかない段階でするとすれば、
野放しと同じだと思う。
言っていいこと、悪い事、やっていい事、悪い事。こんな最低限のマナーさえも
ほったらかしではねぇ・・・

そして・・・
「私は、自分のお金は、自分で使うの。遺産は残したりしないで、自分で自由に使う。」
という姑

それは、それで結構なことだと思いますよ~。
ただね、自分のために好き放題に使うだけつかったその後で、
老後の面倒は看てねというのは、どうかしらんと思います。

アリとキリギリスのお話で、放埓だったキリギリスさんは、好き放題やって最後は
どうなっちゃいましたかしらぁ。

自由と放埓。似ているようで全然違うもの。



この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

テーマ:呟き - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/12 22:02 】

| | コメント(0) | トラックバック(0) |
大人ならぬ小人(ことな)人種
下の記事の最後に出てきた子人(コトナ)人種。
実は、この言葉、美輪明宏著のとある本(沢山読んだので、どの本か忘れてしまいました)
に書いてあったんですけど。
(本には「小人(コトナ)」と書いてあったんですけどね)

大人というのは、肉体だけではなく、精神も成長し、思慮・分別・責任・知性・教養などを
ごくごく当たり前に身に着けている人のことをいうのだそうです。

そうではなく、肉体だけ成長して、精神はオコチャマ(2~3歳児程度)なままなのは、
大人ならぬ小人(コトナ)なのだそうです。
ようは、大人とは全く別の人種ってことですね。

ネバーランドで年を取らず、いつまでも子供のままのピーターパンならば
まだいいけれど、年とって精神がオコチャマなのは、やっかいですよねぇ・・・
美輪さん曰く「今の70代、60代、50代、40代に小人が多く、大人教育をしなければ
いけない人が沢山いる」のだとか。

も~本読みながら大きく頷きまくったんですけど。

誰とは言わないけどね


例えば、自分の物と他人の物の区別がつかなかったりとか
例えば、自分の言葉や行動に責任がもてなかったりとか
例えば、責任放棄とか
例えば、自分(達)だけがよければそれでいいとか
例えば、自分の物は、自分の物、他人の物も自分の物とか
例えば、自由と放埓(ほうらつ)の意味を取り違えていたりとか
例えば、善悪の判断が自己に都合のいいようにできていたりとか

皆さんも思い当たる人が何人かいるかと思いますが、こうやって書いてみると、
まだ善悪の意識も薄く、自己主張だけはイッチョマエに強い2~3歳児の行動と精神だよなぁ
ってつくづく思います。
そして、肉体だけ年取ったそういう人たちが、不都合を踏み潰し、自分に都合よく、
当然のごとく大手を振って歩いている。

オコチャマの方が、悪い事をした時に素直に謝る分だけいいんだよね。
コトナ人種は、絶対に心から謝りはしないし、あれこれ下手な言い逃れをするしね。
ってか、自分の過ちを見てみぬフリをするのが得意だからねぇ・・・


これから先、コトナ人種にだけは、なりさがりたくないなぁ。
大人になれるように、しっかりと時間を重ねていかなくちゃっ。


この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。



【 2006/09/11 22:30 】

| | コメント(0) | トラックバック(0) |
若いモンには、負けられない?
皆さんは、
「若いモンには、負けられない」とか
「若いモンには、負けたくない」とか耳にしたり、
言ったことありませんか?

かく言う私は、姑に「嫁(私)さんなんかに、負けていられない。」と
言われたことがあるんですが。

それってなんなんでしょうね。
虚栄心や、見栄以外の何物でもないと思うんだけど。


例えば掃除、例えば料理、例えば生活、例えば体力。
そんなものを若い者と競ってどうするんでしょうか・・(=_=)
それって、今までちゃんとやってなかったって確たる証拠以外の
何物でもないと思うんですが・・・
同世代同士でライバル意識を持って、お互いを向上させるのと
わけが違いますからねぇ。

それまでの生活の中で、普段からちゃんとキチンとしていれば、
別に若者と張り合う必要もないし、若者に対しての変な見栄や、
虚栄心も起らないんじゃないでしょうかねぇ。

私は、その世代にはその世代なりのいいところがあると思っているし、
自分の言動に責任を持った行動を取りながら、有意義に生きていれば、
いい年の重ね方をして、年を取る度に人としての味わい深さが
より一層増すように思うんですけど。

掃除なら、若者が思いもつかない裏ワザを普通にやっていたり、
エコやリサイクルなんかも、ごくごく当たり前にさりげなくこなしたり。
料理なら、経験が浅い若者よりも味付けも腕前も上だろうし、
レパートリーもそれだけ豊富にあると思うしね。

「いつまでも綺麗でありたい。」というのが、自分がそう願うからであれば、
女性として大いに結構なことであるが、若者と張り合う材料になってる
時点で「まずその根性から綺麗にしなきゃいかんのじゃないか?」と思うし、
ある程度の年になって、若者と体力を張り合うなんて、
「私は、体力以外に勝負するところがなく、教養や知識がありませ~ん」
と声を大にしていっているのと同じなのではありませんかね?


若さとか体力とか、そういうのは年を重ねるごとに徐々に失われていく物。
それを持続させるためには、やはり努力が必要だと思うし、自分のために
持続させるのは結構なことだけれど、それにも限界があるしね。
問題は、若さとか体力とか、そういうのが、ある程度の限界に来たときに
自分に何が残ってるかって事。

以前オーラの泉という番組で、国分くんが、
「教養とは、知識を生活の中で活かすことである。by美輪明宏」と
おっしゃってましたが(笑)、やっぱり「物知り老人」だったり、「年の功」だったり、
「人生経験から味わい深さがにじみでていたり」そういうものを実感させられた時って、
「やっぱすごいなぁ。敵わんわ」と思いますもんね。

逆に言うと「やっぱすごいなぁ。敵わんわ」って思う人って、
若者に変なライバル心燃やしてる人ではないですから。
精神的に大人っていうかねぇ・・・若者が目指すべき姿って感じで。

年を取ってる分、人生経験も多いはずだし、思慮深さも備わるはずだし。
そういうことって、経験の浅い若者には絶対的にかなわないですからね。


それを、同じ次元で張り合うってことは・・・・・
年を重ねた味わい深さや、思慮深さなど微塵もなく、
肉体だけ年取って、精神はオコチャマ(2~3歳児)な
子人(コトナ)人種ってことなんだよね(=_=)


あぁ。そうか。なるほどぉ(一人納得)


この苦悩に共感された方は、クリックお一つお願いします。

テーマ:同居生活のボヤキ - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/09/03 22:43 】

| | コメント(3) | トラックバック(0) |
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。