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余命告知
くどいようだが、「がんばらない」第3章。余命告知について。
この本では余命告知を本人にすることの重要性が書かれていた。
自分の体のことは、本人自身が知っておかなければならないことであり、
余命告知と言う辛い告知でも、残された短い限りある時間の中で、その人が
その人らしく生きるために必要不可欠なものではないかと。

その本の中には、命があとわずかだからと知ってこその、行きたい場所や、
見たい風景、自分の骨を埋める場所や、中には、自分の葬式の写真まで選んでいた
患者さんもいた。
死という恐怖と向かい合いながらも、前向きに、自分の人生を色濃く生きようとする
姿勢が見てとれて、感銘を受けた。

余命告知については、実の母と話した事がある。実の母の両親は、両親とも癌をわずらった。
母の両親は、二人とも致命傷にはならず、手術でなんとかなったものの、
母には、自分も遺伝的に癌で亡くなるのではないかという心配がついてまわるようである。
なので、余命告知について話しかけた。
「もしも医者から、お母さんの余命を言い渡された時、お母さんは、その事実を知りたいか知りたくないか」と。
母は、「絶対に知りたくない」と言った。
薄々感じてはいても、言い渡されるのは絶対に嫌なのだと言う。
「迫ってくる死の重みに、耐える自信はないから。」母はそう言った。

逆に私は、自分の命があとわずかなら絶対に余命告知を受けたいほうである事を母に告げた。
「がんばらない」に書いてあるように、やりたいこと。行きたい場所。
可能な限り精一杯残りの人生を色濃く生きたいと思うから。
お世話になった人への感謝の気持ちを出来れば言葉で、できなければ
手紙でも伝えたいし、できることなら、沢山の人に会って、最後の話をしたい。

自分が入るお墓を見たり、お葬式の写真を選ぶことまでは考えつかなかったけれど、
生涯残る自分の写真を自分で選べるというのは、余命宣告を受けた者のだからこそ
の特権だと思う。
自分がもし、そうなったら、私もそうしようなどと本を読みながら思った。
(実際、そのような悠長なことではないだろうが、自分から切り出せば、
家族が気を使わずにすむだろうしね。)


嫁いだ先のReo家では、姑は、若いときに癌を患った経験があり、舅は、6年前くらいに
癌が見つかり、難しい場所で、完全に切除しきれぬまま、いつかは再発する覚悟で
進行を抑える状態だったにもかかわらず、その間5年、再発して余命宣告が出た場合の事は、
夫婦間で一切話されなかったらしい。
再発なんて不吉な事考えたくもないというのが本音だろうが、それは、家族想いなのでも
本人のことを思ってでもなく単なる現実逃避だと思う。
一度患ったからこそ
家族のためにも、本人のためにも、酷なように思えるこのような事を話し合って
おくべきだったんじゃなかろうかと私は思う。

だから、その時になって告知するかしないかで、オロオロになった。
義理弟が、告知は可哀相だから、やめたほうがいいと言っていた。
可哀相・・・・
時間は限られている。何も知らないで、いつも通りのんでんだらりんと生活を送る。
告知は本当に可哀相なのだろうか。
誰が可哀相?父が苦悩してしまうのを見る自分が辛くて可哀相?

「がんばらない」にも書いてあった。
「告知を隠すと、看ている家族が隠す事に疲れてしまう。」と。
本当にその通りだと思った。
確かに、受けた本人は、どんなにか辛いだろうし、怖いだろう。
荒れたり、苦しんだり・・・でも、辛くても家族にそれをバックアップしよう
という覚悟があれば、隠し事がないだけ、本人も家族も変な気遣いもなく
本音でぶつかる事ができると思う。

Reo家のように、本人だけが知らないでいると、最初の頃多少のイタズラには、目をつぶっていたが、
それをいいことにイタズラがエスカレートしていって、Reoが耐え切れなくなった頃、
本人が自分の病状に気付いて「最後くらい俺の好きにさせてくれ」と涙ながらに訴えた話を聞いても
「これまでも好き放題してきたのにこれ以上何を・・・」という感じにならずにすむ。

今まで大きな病気などしたこともなく、そのような話をする機会がなかったとしたら、
本人に告知するかどうかの決定権は、一番面倒を看るであろう者が覚悟を決めて
責任を持って決めるのが一番いいと思うし、どう転ぼうと、看ることの少ない外野は、
口出し無用で、看ている者と本人を無条件にバックアップしていくのがいいと思う。


とにもかくにも、もしもの時に、余命を本人に話すかどうかということは、
元気な内に一度は話しておくのがいいと思う。
告知して欲しい人に、本人の意思に関係なく可哀相だという理由で、
家族が勝手に話さないのこそ、本人があまりに可哀相過ぎるし、
告知して欲しくない人に、せまりくる死という物をまざまざと
見せ付ける事をしなくてすむだろうから。

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【 2006/05/26 16:09 】

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