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言葉の重み
私の実の母、彼女も長男の嫁だ。
旧家な上に祖父母と同居。
母の苦労は、聞いていて、よくそれで離婚しなかったなぁと
感心してしまうほどのものだ。

私の実の父は、11人兄弟の4番目の長男。待望の男の子だったため、
大変大切に育てられたようだ。(^-^;A
父の兄弟は、11人の内、男の子は、たったの3人。女系家庭だった。
兄弟の内、女性一人は、早くに他界してしまったらしいが、
7人の小姑がいたことになる。(あぁ怖ろしいllllll(- _ -;)llllll)
内3名は、嫁に行っていたようだが、いずれも徒歩でいけるくらいの距離に
住んでいた。

私が、父の兄弟たちを嫌い始めたのは、小学4年の頃だった。
7人の小姑衆たちは、お盆などに集まりだすと、本家にいる子供達を
引き合いに、特に私を比較対照とし、馬鹿にしながら、我が子自慢に花を咲かせた。
何も言わない父や、母が歯がゆかったが、ケラケラと笑いながら、
そんな話に花を咲かせる親戚連中が嫌いだった。
(あぁ・・なんだか、誰かと似ているような・・・(-。-) ぼそっ)

二階で、みんなで宴会をしている中、母だけポツリと一階の台所に立ち、
食事の準備や、後片付けをしていたのを覚えている。
あの時は、なぜ母が親戚達に混じって話をしないのか不思議だったが、
私が、この家のことで、愚痴った時にポツリとこんなことを言った。

「わかる。昔、お母さんもそう思ってたよ。なんだかんだ言って、
所詮私は部外者なんだなって。」

舅である祖父にきついことを言われたこと。姑にもいろいろ言われたに
違いない。
小姑達は、来るたび、自分たちは何もしないくせに母に何か言っていたような気がする。

苦労に苦労を重ねた。それでも、別れず、家を飛び出さず、頑張ってきたのは
子供達のためだと言う・・・。

舅、姑の晩年は、店をきりもりしながらも、自宅介護に懸命だった。
ストレス性胃潰瘍になり、血圧はあがり、目はうつろながらも
懸命に頑張っていた。
祖父は寝たきりだった。姑(私の祖母)は、80近いおばあちゃんだったため、力仕事は無理だ。オムツがえや、床ずれを防ぐために
体の向きを代えたり、身体を拭くのは母の仕事だった。
ただ、祖母は、いつもおじいちゃんと一緒にいた気がする。
時には散歩に出たり、店番をしたりしていたが。

祖父は92歳で亡くなった。
祖父がなくなる数年前から、祖母の痴呆が始まった。
最初の頃は、何かおかしなことをやっているという自覚があった祖母。
「まだ長生きしたいなぁー」という祖父に対して
「ボケて、みんなに迷惑かけてまで、長生きしたくない」と祖母は返した。

数年たって祖父が亡くなり、祖母の痴呆の症状が加速していった。
失禁、昼夜問わずの徘徊、意味不明な言動・・・・
その介護も全て母がやってのけた。
お店の事もあっただろうに・・・自分の身体の限界を超えてまでも
母は頑張っていた。

そんな母を私は尊敬している。

が、しかし、小姑達は、まだ母を責める。
「最初に出た時にすぐに病院に連れて行けば、おばあちゃんは、
こんな痴呆にはならなかったはずだ」とか・・・
自分たちは、面倒を少しも見ないで、たまにちらっと顔を出して、
ニコニコわらって、いい人を気取って帰っていくのに、口だけは出す。

祖父がなくなったときも、そうだった。
祖母の年も年だし、痴呆も始まっているので、介護は、ほとんど母がやり、
自分たちは本当に、たまにちらっと顔を出して、お話しただけなのに
悲劇のヒロイン、ヒーローを気取った後で、遺産の話で大モメ。

何だこいつら!!と当時、思った。

二人の介護から開放されるまで、母は、何年かかったろう。
どんなにか辛い想いをしただろう。
身体を壊して懸命にやっても、責められる・・・
どんなにか悔しかっただろうと思う。

そんな事を経験した、長男の嫁としての母の言葉は、とても重みがある。


例えばReo家の姑が、お得意な
「なっさけない」という言葉も、母から実際に言われた事はないが、
もしも母に言われるとしたら、ずしりと重いだろうし、
それだけのことをしてきたのだから、していない人に向かって
情けないというだけの資格は十二分に持ち合わせていると思う。
自分の事は大棚に上げて言ってる言葉では決してないのだ。


母の言葉にこんなのがあった。
「病気は、家族を変えてしまう。」

母自身が経験を通して見出した答えなのだろう。


家族の誰かが、大変なこと(病気や怪我)になった時、
表面の奇麗事に隠された、その家族の本当の姿が浮き彫りになるというふうに
私には思えてならない。
「変えてしまう」のではなく、家族の絆、愛情、そういった本来の姿が、
裸状態になり、浮き彫りになるのだろう。


本題から外れてしまったが、している事を、ちゃんとしている人や、
有言実行を当たり前のようにしている人の言葉は、ずしりと重い。
その人の人生その物が、言葉になって解き放たれているように。


しかし、現実のほとんどは、
「してない人ほど、口を出す」状態なのだと思う。
まるで、母を取り囲んでいた小姑たちや、Reo家の姑のように。


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テーマ:嫁・姑の戦い*嫁姑問題 - ジャンル:結婚・家庭生活

【 2006/05/16 22:48 】

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